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六章 兄の恋人 二
「で、君、本気なの? 死んじゃうよ? 生身の人間でしょ。彼ら、セックスの時に生気も食らおうとしてくるよ。神から逃げ出した短命の種族だよー」
「……だから、他人の貴方に指図されるつもりありません」
「他人じゃないよ。私はタヒの性欲も、死への恐怖も、心を満たす愛情もすべてあげた。けれど彼は奪われた。あの種族に関わっても君が悲しいだけ。やめときなよ」
警戒は止めないが、忠告してくるイアフをそれほど悪い人物にも見えず戸惑う。
「どんなに好きになっても消えちゃうんだよ。私の人魚の力が効かないなんてね。だから、――だから」
クククッと笑うと、彼は踵を返す。SP達の方へ歩いていく。
「覚悟がない君はしゃしゃりでないで。私は、――神を殺す。そして死にいく彼を愛してあげよう」
「待て。何を企んでるんだ?」
「だから、紅妖狐を人の形にして傍にはべらせようとした神を殺すってこと。それが私にできる、ソヒへの最上の愛の形だよ」
温もりはもうない。声も聞こえない。目も開けない。自分の名を呼ばない。その相手を、空中で手をさ迷わせながら探す。無意味で愚かで、けれど自分を保つ唯一の方法。
「君はスオウが好き? 可哀そうだと同情ならばやめてあげなさい。彼も君も傷ついて終わりだよ」
「……神を殺せば呪いは終わるのか?」
「んー? 私は復讐が目的。だからまだ珊瑚は迎えに行かないけど、終わったら返してもらうよ。可哀そうな子だから、誰とも契らせないで守ってあげたいしね」
ヒラヒラと手を振る。納得できなかったが、彼には彼の信念があり、覆すことはできないように伺えた。綺麗な顔で、愛する人のために狂気を起こす。それほどまでに彼が蘇芳の兄を好きだったのだと理解できた。
「そうだ。君はハクロウ。大和家の跡取りくんだったね」
車に乗り込もうとしていたイアフは、立ち止まる。ただ蘇芳の顔を見に来ただけだと油断したのがいけなかった。
その瞬間のイアフの顔は、笑っていない。凍てついた冷たい瞳で白狼を見ていた。
「アカツキから話は聞いているよ。油断ならない男だってね」
「暁――っと」
その瞬間後ろから腕を掴まれ、振り返って振り払う。SP二人が突然、白狼に掴みかかってきた。暴行しようというより拘束しようと間合いを詰めてくる。
すると蘇芳の乗っていた車から、大和家の運転手と護衛が転がるように飛び出してきた。
「何をするんだ、暁」
その名前に白狼は二人を突き飛ばし車にとびかかる。中からロックがかかっていて、気づけば中には蘇芳とイアフが乗っていた。
「開けろ、暁、お前は何をしているんだ」
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