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六章 兄の恋人 六

 蘇芳の運命を止めようとしている人。兄が愛した人。珊瑚を一度も抱きしめなかった人。  傲慢で美しく、壊れてしまった人。  会話が成り立つはずもなく、互いの信念を曲げるわけもいかない。  交わるはずのない二人が語らうも、暖簾に腕押し。 「そう。じゃあ銀山だっけ。送りましょうか」  すると無理強いはするつもりはないのか、すんなりと行先を変更した。 「ああ、それか白翁の病院に行きましょうか」  足を組み替え優雅に微笑みながら、イアフは片手を差し出してきた。 「アカツキに聞きましたよ。いまだに白翁は意識を戻さないと。ソヒは白翁が大好きでしたし尊敬と敬愛を示していました。私もお見舞いしないと」 「白翁は今、面会謝絶です。病室に入るにも何十も殺菌しないといけませんよ」  連れて行くわけはないので気のない返事をして、ビルの山を見る。  見たこともない都会の風景に、うずうずしていたが気になるのは白狼だ。今頃きっと蘇芳を追いかけようと無理をしているに違いない。  イアフは、何が琴線に触れるか分からない。静かに蒼い炎を燃やしながら、どのタイミングでその炎を放り投げるか分からない人だ。  それでも心のすべてを捧げるほど兄を愛してくれた人だ。白狼とイアフが険悪になるのは複雑なものがある。 「何を考えてるんです? 話しているのは私ですよ」  手の甲で頬を撫でられたので、大人しく目を閉じる。つまらない時間を早く吹き飛ばしてしまいたいと顔に出さないように思いながら。 「私の人魚の血があれば白翁は助かりますよ」  ことん。 小さく落ちたのは、大きなつばの帽子。いとも簡単に蘇芳の手から落ちてしまった。 「ソヒに効かなかった血だ。君が信用しないならば忘れてくれていい。が、君は可愛い義弟だ。お願いされたら簡単に血を渡すよ」  目の前が真っ白になった。  すべて順調だったはずだ。時間はかかったが珊瑚をイアフのもとから連れ去って、白狼に会った。自分の運命にもってこいの美丈夫で、自分の運命には少し頭の固い真面目すぎるぐらいの相手で、それでも少しずつ頑なな防御壁を壊してきていた。  この人の心に侵入できることが楽しみだった。子種を宿す喜びをもうすぐで手に入るはずだった。 「スオウは大切だからね。君が命を粗末にしないと約束するならば喜んで私の血をあげるよ」  答えはノーに決まっている。子孫を残すための運命だ。自分の役割が果たせないのなら、断るべきだ。  けれど白翁は特別だ。親の代わりに兄と蘇芳を大切に育ててくれた。親の存在を知らない蘇芳にとって大切な人だ。生き方を教えてくれた人。人との共存を教えてくれた人。自分たちの運命を教えてくれた人。体が弱っても自分の知識で人々を助けようとしていた人。いつも蘇芳たちを心配し導いてくれていた人。 「まあ寿命だった。そう諦めるのも君らしくていいね。運命だから諦める。寿命だから諦める。うん。いいんじゃないかな」 「諦めることは時には難しいっすからね」  暁まで賛同して蘇芳を煽った。

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