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六章 兄の恋人 九

 そばにいたい。白翁を助けたい。そばにいたい。  兄がいない今、家族のように大切なのは白翁と珊瑚だけなのに。  それなのに白狼と結ばれる道を捨てきれない自分が嫌になっている。大切なものの順番が分からない自分が、反吐が出るほど醜くて汚いもののように思える。 「何を言われたのかは教えてくれないんですね」  落ち着いた声で言われ、目をぎゅっと閉じて頷く。 「けれど、辛いと泣いているのですよね」 「ううん。自分勝手に泣いてるだけだよ。せっかく助けに来てくれたのにあり――」  ありがとうと伝えようとする前に抱きしめられた。やはり白狼からはお日様の匂いがした。 「白狼。僕、もし」 「ああ」 「もし可愛い狐に生まれていたら、こんなバカみたいなことで悩まずに白狼に好きになってもらえたのかな。一生懸命変化の練習して、一生懸命に人と接する練習して、頑張れたら僕は」  普通の恋ができたのだろうか。普通に恋愛して、白狼を振り向かせることができたのだろうか。  今はただ、心配だからそばにいてくれて、香りに騙されて惹かれてくれて、イアフに怯えていると勘違いして抱きしめてくれている。  本当の自分は、真っ直ぐなこの人には抱きしめられる資格はない。白翁と自分の運命を天秤に掲げているのだから。 「蘇芳さんの種族は、なぜ人になったにも関わらず、尻尾と耳はあるんだろうか」  泣き止まない。理由も言わない蘇芳に、迷惑そうな様子は見せずに耳を触りながら言う。  尻尾を触ろうとしてスカートをめくらなければいけないのに気付き躊躇する。 「紅妖狐を人にした神様がきっと意地悪だったんだろう」 「それか、惜しかったか。黄金色の毛並みは、俺も初めて見る美しさだ。どんな山にも紅妖狐のような美しい毛並みの獣はいない」 「ふうん。じゃあもっと触ってもいいよ」  スカートをめくろうとたくし上げると、両手で止められた。が、代わりに複雑そうに唇を痙攣しながら、白狼はたぶん笑ったのだろう。そんな風には見えなかったが必死に安心させようと笑っていたようだ。  どこまでも不器用な白狼に、愛おしさがこみあげてくる。 「触らせてもらう」 「そう。さ……え?」  積極的な白狼の返事に思わず声が裏返る。普段しないような表情なのは、似合わない言葉を吐くためだったようだ。 「今日は蘇芳さんは一人にさせてはいけないと思うからな」  額に口づけると、車を急発進させた。  本来、狼の末裔なのだからこれぐらい積極的なのが普通で、普段のお利口さんな白狼の方が間違っている。  車を降りてすぐに抱きかかえてきた白狼に、考えなければいけないことばかりなのに胸が騒ぐのが止められなかった。

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