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六章 兄の恋人 十
***
すっかり空は夜に染まり、猫にかじられたような月が浮かぶ。
縁側や、縁側から見える庭には、マリと珊瑚が遊んだ形跡である、ボールやタオル、玩具が転がっている。
狐の人形の影が縁側にうっすらと伸び、一番日当たりのいい部屋の中では、珊瑚が気持ちよさそうに寝息を立てている。ミルクもたらふく食べ、昼は元気に駆けずり回った珊瑚はそうそう起きないだろう。
「苦しくないですか、蘇芳さん」
その隣では、同じ布団の中で後ろから蘇芳を抱きしめる白狼。その白狼の積極的な行動に胸をときめかせる蘇芳の姿がった。
「あのう、正面を向いていい?」
「それは俺が意気地がないので駄目です」
「意気地がなくてもいいから」
「駄目です」
振り向こうとした蘇芳と振り向かせないと抱きしめる白狼。力の差は歴然で大人しく腕に抱きしめられるしかなかった。
けれど、白狼の心臓の音が背中から大きく聞こえてくると、身体が火照ってくるのは止められない。
「白狼、チュウぐらいしません? 接吻です。接吻」
「しません」
「えいっ」
手を後ろに伸ばし、白狼の下半身を触る。避けられる前に触れたそこは、片手でもわかるほどずしりと大きい。
「すごい。白狼の魔羅、おおきいですね」
「まっ?」
「ああ、おちんち――」
言い終わらないうちに、片手で口を塞がられ最後まで言わせてもらえなかった。
「蘇芳さんの口から聞くのは心臓に悪い」
「……確かに、ドキドキしてるね」
顔だけ振り返ると、嫌がられない。避けようともしない白狼の唇に噛みつくが痛がる様子もない。
「僕からのキスを嫌がらないのに、エッチなことは駄目なの? それって酷いよねえ」
えいっと耳を引っ張ると流石に痛かったのか片目を閉じた。
「今日は流石に……この人は女性ものの服を着ても綺麗なのだと圧倒された」
「僕はね、むかついてたよ。なんで人間は白狼を怖がるのかなって。こんないい男で誠実で、キスしかしてくれない真面目でつまんないとこはあるけど、リムジンで追いかけてくるいい男を」
「ふ。きっと蘇芳さんは心もきれいなんですよ」
嬉しかったのか、布団の中で尻尾が揺れる音がする。
白狼の良さは自分だけが知っている特別な事なことならそれもそれでいいか、と思うことにするが、蘇芳は自分の心が綺麗だとは微塵も思っていない。
「惚れた子種に好いてもらうように、甘い香りを漂わせる紅妖狐だよ。綺麗じゃないよ。イアフとか兄が言ってたよ。獲物を狙う食虫植物みたいって」
「ああ、確かに」
食べられてもいいかもしれないと、偶に揺らぐ。
耳元でかすれた声で言うのだから、反則だ。流石の蘇芳も腰が砕けるような眩暈にも似た甘酸っぱさを感じる。
「しょうがないので今日は、白狼の好きなことをしていいよ」
「しょうがないので、ですか」
「そ。助けに来てくれた格好良さとお礼を兼ねて。手でしてあげようか、口でしてがえようか」
起き上がろうとする蘇芳を、再び布団の中に閉じ込めるとクスクスと笑う。
「では後ろから君を抱きしめさせてもらう。一晩」
「生殺しだよ」
「それは俺も一緒です」
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