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七章 四

「僕も行きたい。実はお酒って経験がなくて」  何度か甘酒なら口にしたことがあるが、本格的に飲むのは白翁に止められていた。  もし理性を失ったら手を付けられないという情けない理由からだったが。 「……いや、僕は白翁に会いに行きたいな」  峠を越えた白翁は、甲羅の修繕が終わって数値が安定しても人型には戻らない。もしかしたら戻れる体力まで回復していないからかもしれないが、もう戻れる妖力も残っていないのかもしれない。まるで眠っている様子で、目を覚ます様子がない。  命の危機は去ったが、目を覚まさず起きない白翁の様子を見に行きたい。 「分かった。俺が送って行こう。ゆっくりしてくればいい」  ガシガシと頭を撫でられ、逆立った毛を整える。きっとなんと声をかければいいのか分からなかったのだろう。相変わらずの不器用な優しさが愛おしい。 「おーい、白狼―、いれてくれー」  門の前で声を張り上げる男に、二人は一瞬で眉をしかめた。  門前払いだと分かったうえで、そこから声を張り上げるあたり、一応は自分の立場を分かっているらしい。  真っ黒なスーツにセンスの悪い金色の帽子、サングラス、ブーツ。街中で歩いていたら避けてしまう姿の暁は、門の前で両手を大きく振って縁側でお菓子を用意していた珊瑚に見つけてもらおうと頑張っている。 「……珊瑚、噛んでおいで」  段ボールの中の珊瑚に言うと、首を傾げる。珊瑚は興味がないようだ。  烏丸家と言えば大和家に次ぐ古くからの烏の血を引く名家。黒山のお屋敷の管理も烏丸家がしていたほどで、その恩恵でどの山も暁は行き来できる。 「しばらく暁はどの山にも立ち入りを禁止する」 「そうなの? いいの?」 「昨日、イアフという男のそばにいた。信用できない」  蘇芳は知らないが、イアフは白狼に『神を殺すこと』が目的だと言っている。歪んだ執着心を、蘇芳に伝えて怯えさせたくない。 「追い払ってくる。お菓子の籠は足りるか?」 「大丈夫だよ」  未だに門の前で叫んでいる暁のそばにいく白狼。彼の正体が蝙蝠だとはまだ伝えられず、お菓子のパッケージを意味もなく爪でカリカリ弄って動揺を隠した。

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