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七章 五
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「やーっと来た。なあ、悪かったってばあ」
昨日の行為を一言で片づけようとする暁に、白狼は長ったらしく伸ばしている黒髪を引っ張った。
「お前は当分、大和家の領地に足を踏み入れるな」
「それは無理だってばあ。俺、父に頼まれた間者だろ。それにイアフさんに何かあれば、まじで国際問題になるかもよ。不死は無理でも寿命が延びるもん、彼の人魚の血は」
「だったらさっさと彼のご機嫌を伺いに行け。ここに来るな」
のらりくらりと言い訳をする暁には、幼少期から手を焼いている。口のうまさだけで乗り切った修羅場も多々あるだけに信用だけはしない。
「イアフさんのご機嫌伺いには蘇芳さんの情報を伝えることだから。彼は元気?」
「昨日、会ったばかりだろう」
彼の天真爛漫で破天荒な部分には手を焼くが、愛情を身体で表現する姿は愛らしい。白狼が人に恐れられていることを自分のことのように怒る部分や、珊瑚を抱く美しい姿、かと思えば下着姿で抱き着いてきたり、戯れに尻尾で愛撫してくる妖艶さ。
どれが本当の蘇芳なのか、知ろうとすればするほどに振り回されていく。
「イアフさんの血でも安からなかった運命なのに、無理じゃねえの」
「無理なものか。日本には八百万の神々がいる。奇跡は起こる」
「神になんとかしてもらおうと努力しないうちは、なあ」
顔を横に向けてにたりと笑う。その下卑た歪んだ顔に違和感が走った。元から芯のない軽い、小馬鹿にした笑いはあったが、このように笑う人物だったろうか、彼は。
にちゃり、にたりと粘っこい執着が感じられる暗い思惑を感じて、眉をひそめる。
彼はこんな人間だったろうか。
「……あんま見ないで。お前の鋭い瞳で穴が開く」
「お前がそれを言うか」
意図が分からず首を傾げる暁に、確信を感じた。
「今はお前をだれも信用しないだろう。だから山には近づくな。どうしても用があるときは俺が居る時だけ、門の前まで来てもいい」
「りょーかい。あ、珊瑚ちゃんには?」
「お前は会う必要がない」
さっさと帰れと背中を押すと、言葉とは裏腹にすんなり出ていく。白狼の後ろに一度だけ視線を向けてから、駐車してある自分の車へと向かうまで数秒。けれどその違和感を白狼は見逃すことはなかった。
すぐに玄関を施錠し、縁側でお菓子を包装している蘇芳のもとへ向かう。すると、うたた寝して舟を漕いでいる蘇芳と、蘇芳の小さな膝の上を喧嘩するかの如く大の字で眠っている珊瑚とマリの姿があった。暁と会話していたのは数分だったはずが、元気いっぱい遊んだ二人と朝ごはんをたらふく食べた蘇芳は暖かい日差しの下、簡単に眠ってしまったようだ。
座って三人の気持ちよさそうな様子を眺める。この幸せが続けばいい。この幸せこそが現実であればいい。そう願わずにはいられない。
自分で切り開いたわけではない、種族の運命など糞くらえだと。
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