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七章 七

「蘇芳さん、落ち着いて」 手を伸ばそうとした途端、目の前から蘇芳が消えた。一瞬目を見開くと、蘇芳色の浴衣が畳の上に落ちている。拾い上げてみると、その真ん中で丸まって体を縮こませている紅妖狐がいた。珊瑚よりも色は薄い。尻尾の先が上品な銀色。 「蘇芳さん、変化が解けたのか? 解いたの?」 尋ねても悲しそうに一声鳴くだけだった。 神に人型にしてもらったはずの、孤高の種、紅妖狐。 ではなぜ、幼少期は獣の姿なのだろうか。人間に変身できる力を授かっただけの狐に過ぎないのか、心が弱まると人型を保てないのか。 ではなぜあのように衰弱していた時は人型だったのか。あの時は心は弱まっていなかったのか。 「蘇芳さん、申し訳ない。この話はまだしない方がいい。俺が悪かったな」  無神経だったと心から謝った。憧れていたイアフの変わりようと、昨日の車の中で何かあったに違いない弱っている蘇芳に話すべきことではなかった。  その日は一日、紅妖狐のままだったので酒屋に行くのは中止にして、懐にいれて家事とヒナの屋敷にクリーニングを頼みに行った。  白山の人外専用病院へ行き、面会謝絶の白翁の病室の前まで行くと、蘇芳は一度だけ甲高く啼いた。  それ以上は騒がず、次の日は普通通り人型になった蘇芳が、白狼のお腹の上で眠っていた。  二人はその日以降、イアフの話はしなくなった。それ以外は穏やかに過ぎていき、月もゆっくりと丸く膨らんでいった。  ***  Side:末摘 蘇芳 「名月まであと三日かあ」  マリが飾っているカレンダーに×を付けると、隅っこの籠の中に入っているお菓子を見て尻尾を揺らす。蘇芳は器用に、蘇芳色の着物の着付けをしながら、同じく尻尾を揺らした。  後ろの帯を調節すると、尻尾が出せる作りの着物だ。流石、三つの山に人外や獣人、多種の種族がいる地域だ。服にも工夫がされている。  白翁との暮らしでは、その都度成長に合わせて尻尾の出せる着物を用意してもらっていたが、こんな機能があれば毎度白翁が縫って用意する必要はなかったな。 「白翁……」  目の瞳が銀色から徐々に白くなって、碌に見えなくなっても着物を結いなおそうとしてくれていた。兄が必死で覚えて真似していたが、白翁のように縫物はうまくできなかった。 「蘇芳さん、お見舞いに庭のススキとお花を」 「え、あ、ありがとう」  思い出に浸っている場合ではなかった。わざわざ着物を着てお見舞いの準備をしていたのだから、未だ意識の戻らない白翁のそばにいるべきだ。 「……白翁は格好いいね」  スーツ姿の白翁は、引き締まった身体のラインが美しく、びしっと着こなしている。初めてみる紺色のストライプのスーツだと思って一周すると、オーダーメイドで急遽作ってもらったようだ。尻尾を出せるようになっている。  「半月以上も耳も尻尾も戻らないのは初めてで困惑していたが、褒められたから足し引きゼロになったな」 「ええー。白狼はピンとした耳も、剛毛な尻尾も格好いいよお」

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