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七章 八

 えいっと尻尾に抱き着くと、赤面しながら引きはがされる。肩に担いだ花束を渡したかったらしい。 「ススキは神が宿るとされているから、白翁さんのもとへ良い神様が来てくださればいいな」  お団子と花束とすすき。ちぐはぐに見えるがきちんと考えてくれているようだ。  蘇芳も中秋の名月に白翁と兄と団子を食べたことを思い出した。そうだ。蘇芳の記憶の中には常に白翁が存在していた。 「はやく元気にあるといいな」  頭を撫でてくれた白狼の優しさに、ただただ頷くしかなかった。 「僕もあとで白狼の行く場所に向かった方がいい?」  猫田部長が紹介した酒屋。白狼は蘇芳のために向かうが、蘇芳は揺らいでいる。自分の答え次第では、白狼の行動が無駄になるのではないか。  迷わずにさっさと子種をもらえばいい。醜悪でもいい。嘘で誘惑して騙して、愛してると囁けば、清く嘘偽りを知らないこの白狼はころりと信じる。 「蘇芳さん。大丈夫ですか。顔色が」 「だ、だめ。触らないで」  一歩、退く。すると白狼の眉間のしわが深くなった。 「普段、触らなくてもいいときに抱き着いてくる貴方が、それを言うか?」 「き、着物。着物が崩れるの。白狼ってば動きがガサツなんだもん」 「いいや。おかしい。具合が悪いのを隠しているんじゃないのか」 「きゃ、キャー。白狼のえっち。だれかあー」  両手で胸を覆い、廊下へ飛び出す。すると玄関で大きな口を開けて、ヒナが固まっていた。 「あれえ、いつ来たの」 「……電話もしたし呼び鈴もしたんやけど。あんたたちっていつもそんな馬鹿ップルみたいにイチャイチャしてるんの?」  イチャイチャ。馬鹿ップル。  初めての単語に、自分たちが当てはまらず戸惑っていると、白狼が真っ赤な顔で咳払いしながら顔を出した。 「すまない。携帯の充電が切れていた」 「ええのよ。一時間してまた来ようか」 「いや、すぐに行こう。蘇芳さんを頼む」  忘れて飛び出した花束を受け取ると、近づいてきた白狼が額に手を当てる。熱がないのを確認してから肩、腰、足とまるで空港の持ち物検査のようにチェックされ、ヒナが横で笑っている。 「すまないな。狩猟本能でも出たのか、蘇芳さんが逃げると追いかけてしまう」 「白狼になら食べられてもいいんだけどね。帰ったらメチャクチャに脱がしてね」  なんとか誤魔化せた蘇芳は、ふふっと強気に笑う。けれど迷っている心を見透かされないように、悟られないようにヒナが待つ玄関へと飛び出した。

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