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七章 九

 ***  ヒナの案内のもと、白山のふもとの人外専用の病院へと向かう。小さな塾、人外で賑わう商店街の奥にある病院だ。商店街も病院も街並みも、人の世に溶け込むように同じような作りになっているらしい。蘇芳の住んでた田舎の村とは違い、映るテレビの本数は多く、色鮮やかな服に、肌が露出されたミニスカート、携帯電話、見たことのない料理、そして色んな獣が賑わっている。全て初めて見るものばかりで、病院へと向かう商店街は、緊張と驚きと発見の連続だった。 「じーじ。にいちゃんが叩いた」  ふりふりと大きな尻尾を揺らしながら、子ども二人が横切る。蘇芳と同じ狐だが、しわしわのおじいさんの狐は初めてだ。蘇芳たちは老いる前に子を産んで亡くなる。老いる紅妖狐を見たことはなく、年齢不詳の白翁でさえ見た目はそれほど老いてはいなかった。 「どうされたの? なにか欲しいものとか、珍しいものあったん?」  気づいたヒナが振り返って辺りを見渡す。花屋に肉屋、野菜屋、小さな酒屋と確認するので首を振る。 「いいえ。子どもって可愛いなあって」  喧嘩していた子ども二人が、おじいさんに諭されてお互い謝罪すると、けろっと笑って遊び出した。先ほどの大げさな主張との変わりように、思わず笑ってしまう。  すると笑っていた子供二人が、蘇芳を見て呆然と立ち止まる。歩いていた獣たちからも視線を感じる。 「子どもは可愛いけど、蘇芳さんは色気ねえ。笑顔ひとつで魅了させちゃったわねえ」 「ふうん。白狼以外の子種は欲しくないから、困るなあ」 「せっかくの武器なんだから、いいじゃないの」 「白狼にいまいちなんだよう。ヒナさん、白狼を酔わせる良い方法はない? ほら、媚薬とか」  帽子を深くかぶり、視線を視界から消す。するとヒナが両手をポンっと叩く。 「あるわ。あるわよ。病院の手前のお香屋さんにあるのよ。初夜に炊くとリラックスできるお香」 「それだっ」  思わず尻尾が大きく揺れた。ヒナと蘇芳の口角が上がる。ヒナは普段冷静沈着な白狼の慌てた姿が、蘇芳は迷っている気持ちの導きのために、目的は違えど手段が一致する。 「じゃあ用意してもらうから、先に病院行ってて。貴方と私は面会許可あるから」 「わあい。おねがいしまーす」  軽くなる足取り。もし白狼から襲ってくれて、結果的に子種がもらえれば、そちらが運命。逆にイアフの懐に飛び込んで、人魚の血を入手する計画を考えればいい。子を宿した蘇芳にイアフは手荒な真似はしないだろう。雲のように掴めない性格だが、悪い人ではないのは幸せだった兄を見て分かっている。 「なんだ。もしかして上手くいっちゃうんじゃないかな」  病院に入り、一階のカウンターの奥に居る看護師に会釈しながら、胸を躍らせる。  正しい運命の方へと導かれていくに違いない。

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