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七章 十

 五階のナースセンターの隣にある病室。面会謝絶と書かれているが、看護師を呼ぶと手の消毒と着物の上から白衣とマスクをさせられ『いつも通り十五分だけね』と注意を受けながら、ドアのロックを解除してくれた。  ヒナは年齢不詳の美魔女だが、この看護師はまだ年若そうな可愛い容姿をしている。五階のVIP専用階の看護師だけあって耳も尻尾も出ておらず、人間の見た目と全く変わりがない。  蘇芳のように耳や尻尾が隠せない人外の方がこの病院では珍しいのかもしれない。 「ねえ、白翁さんって齢何歳ぐらいなの?」  看護師はドアを開けながら、不思議そうに保温室の中で眠っている白翁を見る。 「えっと。僕の父の世話係もしてくれていたようです。何百年単位じゃないかなって僕は思ってたんだけど」 「だよねえ。神々しいもの。私、四分の一、亀人の血が入ってるんだけど――って、あ、お花は駄目よ」  手に持っていた花束を見て、慌ててドアが閉められた。 「免疫力が低下している患者の病室には、生花は駄目よ。あ――、ススキかあ。そうか。中秋の名月ね」  頭の回転が速く、蘇芳が説明するまでもなく、数回唸るとナースセンターからガラス瓶を持ってくると中に入れて蓋を閉めた。 「本当は駄目なんだけど、神が宿るかもしれないでしょ。黒山が近いから、良い神様が下りてくれたら白翁さんにも良い御恩ができるかもしれないし」 「ありがとうございます」 「うん。私たちって獣や妖の血が混じってる分、免疫力も回復力も人よりあるんだもの。絶対に白翁さんも大丈夫だからね」  ガラス瓶に閉じ込められたススキと、団子は痛むのが早いからと飾られなかったので開封していないお菓子の詰め合わせを窓辺に置かせてもらう。  依然、意識は回復せず淡く弱々しい閃光に包まれ眠る白翁。膝の上で甘えて眠っていた昔が嘘のように痛々しい姿に胸が痛む。 「あの、その、看護師さん」 「なあに?」 「人魚の血って、もし手に入ったら白翁は回復しますか」 「するするう」  神妙な面持ちで聞いたが、返ってきた返答はあっけらかんと明るい口調で目が丸くなる。 「日本の人魚は、心臓を食べると不老不死が手に入るって言われて人間に追い掛け回されて、ほとんど姿は見せないんだよ。でも数十年前に黒山にやってきた人魚から、血をもらった記録があるはず。病気が快復したとか、重症だった傷を治してもらったとか」 「……そうなんですね」 「でも伝説上の存在って認識した方がいいよ。私たち人外の前にさえ絶対に姿を現さないんだから。奇跡に賭けるのは、心の負担にしかならないよ」  じゃあねと、ドアを閉める。看護師は蘇芳の心を軽くしようと、可能性の多さを伝えたかっただけなのかもしれない。  が、伝説上ではない。会おうと思えば会える相手だ。ただ迷いを深めるだけの情報だった。 「白翁」  運命を選ぶことを許してくれるだろうか。いや白翁ならば、本当に好きな相手ならば自分の命よりも蘇芳の気持ちを優先してくれるだろう。  だからこそ迷う。痛々しい姿を見れば猶更だ。保温器の中に眠る白翁を見ながら、十五分の面会はすぐに時間が経ってしまった。

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