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七章 十二

「あまり屋敷を開けるわけにはいかない。師匠さんに俺の名刺を渡してくれるか」 「だからいいよ。これ、貰って」 金色の箱を白狼に差し出す。 「年に10本と聞いたが」 「うん。だからあげる。貴方から白山の神様たちに渡したら、きっと知りたい情報も教えてもらえるよ」 「……いいのか」 「もちろんです。白山には悪い神様は居ないからいいよ。いつも銀山や白山からお水貰ってるし。山のお水が綺麗なのは大和家のおかげだって父は言ってたし」  それに名月の時は山でもらえるお菓子が美味しいしと、子どもらしく無邪気に笑った。 が、次々と嬉しくなるような言葉をくれた子は、にんまりと笑う。 「父から伝言があります。このお酒は神に奉納するようにと」 「ああ、それは先ほども聞いたよ」 「そしてこれは僕の母からなのですが、白狼という名前の起源について」  お酒を受け取り溜めに屈んでいた白狼は、蘇芳のための情報を知りたかったのに、なぜ自分の名前だと固まる。 「その昔、狼の祖を残すための知恵を授けてくれた白い亀の名前に因んだと」 「……白い亀」 「昔の昔です。母は言いました。『二つの運命はそこで別れたのだ』と」  伝言を全て伝え終わった少年は誇らしげに鼻を鳴らす。  だが酒を受け取ったままのポーズで白狼は固まった。 (そういえば蘇芳の話では白翁は、人々に自分の持っている知識を驕ることもせずに、自慢することもなく、惜しげもなく伝えたと) 「酒をありがとう。君のお母さんなのだが、いつ帰って――」  顔を上げると、下駄の音が去っていくが子どもは姿かたちもない。笑い声も聞こえ、白狼の足の隙間を風が吹いた。  神と人の間にできた子。掴みどころのない無邪気で神々しい存在。呆然としたまま、白狼は自分の頬を抓ったのだった。 

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