104 / 168

九章 六

 *** 『蘇芳、蘇芳、僕ね、彼がすごく好きなんだ。死なんて怖くないよ』  兄の身体に、イアフの綺麗な金髪が絡み、尻尾に赤い糸のようにからみつく。  イアフも例えるなら穏やかな凪のような海。怖いと震える兄を抱きしめ、包み込んでいた。 (……優しい人は可哀そうだな)  愛してしまった人がいなくなると壊れてしまうから。いつも自信に溢れて美しかったイアフが、兄を抱きしめて発狂する姿は、今でも昨日のことのように覚えている。 (白狼は、もっと冷たくて、冷酷で、種を残す以外は無慈悲に切り捨てる人かと思っていたのに)  自分のご機嫌を伺って、優しくしてくれる。触れてくる優しさからして、自分に好意的だと感じているが、転がり込んできた面倒くさい相手にここまで紳士的なのは嘘くさい。捕食されるために太らせていると言われた方がまだ納得できる。  白狼は嘘などついたこともない、曲がったこともなく、真っすぐに生きてきたのであろう。そんな彼に自分が惹かれるのは分かるが、彼がただ使命感だけで自分に尽くしているようにも思え、いまいち実感がなかった。 「白狼、起きて」 「んん」  身体を揺さぶったが、疲れているのか布団の上から腰あたりをあやす様に叩かれただけだった。  仕方なく、珊瑚のおむつを替えミルクをあげて寝かせながら、寝ぼけている白狼にもう一度聞いてみる。 「白狼、キスして?」  無意識の人を試すのもどうかと思ったが、寝ぼけている白狼はも一度手を伸ばすと髪を撫で、唇に触れる。そして目を閉じたまま少しだけ笑うと今度は珊瑚をトントンと叩きだした。 「……ばか」  寝ていても優しいのは反則だ、と頬を染め密かに思ったのだった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!