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九章 七
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待宵の月。
中秋の名月の前日の夜に浮かぶ月。ほぼ真ん丸の満月のように美しく暗闇を照らすが、白狼は部屋を閉め切り、空を見上げないよう縁側の戸も全て閉められた。
お菓子の詰め合わせを縁側から玄関まで運んでくれたが、荒い息を吐き苦しそうな様子。
マリと白狼の母親は既に家の地価のシェルターに移動済で白狼だけがギリギリまで蘇芳のそばで守っているようだ。
昨日の夜から、中と外から鍵を掛けれるようにドアを作り変えていた。
珊瑚と蘇芳にも今日だけは目が届く家の中にいるように頼み、自分は部屋から出てこない。
珊瑚を寝かせた後、そろそろと覗いたら「こらっ」と強めに怒られてしまい中からの鍵が増えた。
朝になると思い身体を引きずるように廊下を歩き、食事を作ってくれた。
空は快晴。月は太陽に隠れて見えない。風も寒くもなく暑くもなく天気もいい。きっと今宵の夜は中秋の名月が美しく空に映るだろう。
「白狼、僕がお粥作るから」
「いい。君は先日、天井までキャンプファイヤーしたしその前はホットケーキを横の壁に貼り付けていた」
「んんー。今日は大丈夫。なんとかするから。ミルク作るのにお湯湧かせれるから、お湯でインスタントラーメン食べるよ。それが嫌なら、これ」
残っていた三枚の避妊具を持って見せつけると、首を横に振られた。
満月の妖気で理性を無くし、本能のままに相手を襲うことは、愛情ではなく処理だという。
蘇芳は蘇芳で、避妊具を付けた雄を体の中に受け入れてみたい好奇心がある。何とかして襲われたかったが、きっと白狼は自分の腕を噛みちぎってでも耐えようとするだろう。蘇芳を傷つけるぐらいなら、自分が傷つくのを選ぶ。
「おにぎり作ってあげる。何か食べよう」
「いや、俺は。念のために体力を落としていた方がいい」
自分の分は作らず、作ってくれたうどんにお月様のような卵を落とし、油揚げを浮かばせる。
「狐はお揚げさんが好きっていうのは本当か」
「お揚げさん? この油揚げのこと、白狼ってお揚げさんって言うの」
可愛いねとクスクス笑うと、バツが悪そうに横を向いた。尻尾が低空で揺れているのであまり嬉しい単語ではないらしい。
「好きだよ。でも好きなのは、白狼が作ってくれたからだけどね」
ちゅるんとうどんを啜ると満更でもないのか顔が赤くなる。せっかく格好いいのに、顔にすべて出るのは台無しだ。
「食べたら洗っておくよ。白狼ははやく部屋に入って鍵を掛けた方がいいよ」
「どうして? まだ月も見えないぞ」
「白狼が良い男すぎて、ムラムラしちゃうから」
襲われたいならいいよ、とお汁を吸いながら尻尾をブンブン大きく振ってしまった。
弱った雄も色気がある。弱った理由が、月が出ている間、狼の本能が暴れ出さないように抑え込んでいるからだ。寝不足で弱りながらも、疲れを隠そうとする白狼は、今なら押し倒すぐらいなら容易にできそうだ。
「じゃあ逃げておく。蘇芳さんが食べ終わったら向かおう」
一人で食事はさせたくないらしい。
外からの光は一切漏れてこない閉め切った部屋で、太陽の下で日向ぼっこしたように体がポカポカとしたのだった。
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