107 / 168

九章 九

 それからもお決まりの台詞を叫ぶとお菓子を持って去って行く。嬉しそうな子どもたちの声。  何人かはお返しに家から持ってきたお菓子を置いていっている。それすらもお礼を伝えることもできず、ただ玄関から隠れてみるしかない。  次々に現れる獣の子どもたちを見ていると、珊瑚がお腹を空かせて泣き出した。 「そうだね。ご飯の時間だ。行こうか」  玄関を閉めると、縁側を歩く。真っ暗な部屋の中、外の声は屋敷の中にも飛び込んでくる。 「おだんごがはいっていた」 「このおかし、すき」 「ありがとー。やまとさーん」  お菓子を詰めたのが蘇芳だとは誰も知らない。一つひとつ、手渡ししてあげたかった夢もかなわず、少しだけ泣きたいような情けない気持ちが浮かんだ。  当日ではなく、数日前に教えてもらっていたらそこまで気落ちしなかったろう。 「あーあ。仕方ないよね。大和家は人外と人を繋げる大事な狼の一族なんだもん。僕みたいに最後の一匹から、隠れるように生きてきた種族とは違う」 「……どうしたんですか、蘇芳さん」  壁越しに気遣う優しい狼に、抱き着きたくなって鍵を開けた。 「抱きしめて、白狼」 「どうして貴方は学習してくれないんでしょうね」  駄目ですよ、と赤子に言いかけるように言うと、蘇芳は白狼のいる部屋の前で座り込み、壁一つ隔てりを感じたまま珊瑚にミルクを飲ませていく。 「そこは寒くないか」 「白狼が居ない部屋は全部寒いよ、きっと」  お利口に、嫌がりもせずに両手で哺乳瓶を持って飲んでいる珊瑚を見ながら、蘇芳は微笑む。 「マリちゃんと珊瑚が庭で遊ぶ姿を見るのが好きだった。僕と兄みたいだった」  飲み終わった珊瑚が、哺乳瓶から口を離した瞬間にげっぷする。よくできた甥っこを肩に乗せてトントンと背中を叩きながら、もう一度微笑む。が、微笑んだつもりが視線を自分の蘇芳色の着物に落とす。 「名月のお菓子、僕頑張ったんだけどね。今まで自分の種族の血を残すためだけに他の人の気持ちなんて考えていなかった僕だもん。子どもたちは皆、大和家にお礼を言っていて、大きな差を感じたよ」 「生きてきた環境が違う。身を隠して生きてきた君と表に出て活動していた大和家は比べる必要はない」 「でも、僕も皆の輪にはいってみたくなったよ。兄弟も欲しい。女の子の紅妖狐を産んでみたい。白狼に似た子どもを沢山産みたい。……僕も君の運命の相手になりたかったよ」  一粒零れた涙の意味は、支離滅裂でわがままで、沸き上がってきた複雑な感情がやっと絞り出せた悲鳴だった。 『……ですか』 『……駄目って言ったでしょ』 ――白翁さまが行方不明の件は説明しないのですか。 ――蘇芳さんに聞こえます。知られては駄目って言ったでしょ。 「蘇芳さん」 「今まで自分のことばかりだった。大切なものをこれ以上失ったら、僕はきっと白狼の隣で笑う資格もないんだ」  鍵がかかったドアを触る。今すぐ白狼に抱きしめられ、止めてほしかった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!