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九章 十
「僕は失ってはいけないものがあったんだ。白狼のやさしさのおかげで気づかされた」
白翁を取り戻すためにイアフのもとへ行く。その選択を選ぶ。
生まれた時から育ててくれた白翁の行方を知るのは、彼の懐に潜り込むのが一番早いだろう。
「白狼、お願い。僕を止めて」
離れたくない。子を産みたい。けれど大切なものを失いたくない。後悔をしたくない。
矛盾、葛藤、迷い、不安。そして未練。
白狼のそばは安心出来て、そして居心地がいい。縁側での日向ぼっこのよう。
離れたくないよ。失いたくない。どちらも大切で天秤にかけれるような相手ではない。
「最後に、一度だけ抱いてほしいんだ」
種を注がなくていいから、愛情で抱きしめてほしい。愛情だけで繋がりたい。
「君の甘い香りは、満月の今日嗅ぐには刺激が強すぎる」
頑なに拒否され、そんな白狼も好きなとあきらめがつく。
「うん。ごめんね、身体が辛いときに。……じゃあね」
珊瑚を布団に寝かせるために寝室へ向かう。自分のモノなんてほとんどない。
今着ているこの蘇芳色の着物ぐらい。部屋にあるものすべて白狼たちが用意してくれたものだった。
「珊瑚。君のお父様は優しくて壊れちゃったから。でもね、良い人だからきっと君をいつか迎えに来てくれるからね」
大和家に居れば、珊瑚も青年になったとき運命と直面しても助けてくれる人が沢山いるだろう。
もしまだ白狼が初心なせいで一人だったら珊瑚が誘惑してあげればいい。
眠って丸まった珊瑚を見つめて、立ち上がろうとした時だった。
ドアノブが周り、息を乱した白狼が入ってくると、ドアのまで立ち止まった。
「……白狼」
「蘇芳さんは悪い人だ。いつも俺を振り回す」
片手に手錠をつけると、反対側の手錠をドアノブにはめる。白狼の瞳は狼のように鋭く、ぎこちなく微笑んだ口から鋭い歯が見える。
「手錠、どこにあったの」
「もしも理性が負けた時、使おうと思ってね。母がスタンガンもくれた。俺が止まらなかったら使ってくれ」
放り投げてきたスタンガンを手に持つ。ペンの形だったので芯を出すように押してみると、先から小さな雷が生まれ、尻尾をピンと張るぐらい驚き、部屋の隅に投げ捨てた。
「これでも不安だが、でも今、抱きしめなければ蘇芳さんが居なくなる気がした」
額に汗をにじませ荒い息で苦し気に立っている白狼は、やはり優しい狼だった。
近づいて両手で頬を包み込むと、唇を重ねた。八重歯を舌で舐めると興奮して毛を逆立てていく。
手錠で動けない右手が、拳を作って快感をやり過ごそうとしている。いつも以上にどこを触っても感度が良いようだ。
「なにか、あったのか。さきほど様子がおかしかった」
「……うん。僕がお菓子を渡したかったのにね。ヒナさんたちが門の向こうまで奪っていったから」
隠す。抱きしめて止めてほしかったが願いが叶った今、隠し通す。
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