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十章 二

「蘇芳さんはどこに行ったか、探してもらっていいですか。俺も珊瑚くんを母に預けたらすぐにでも」 「蘇芳さんなら、イアフさんのもとに向かったみたいよ」  白狼の前に一台の車がゆっくり止まる。その中から、ヒナが指で頬を叩きながら憂い気に呟いた。 「屋敷の電話から、知らない電話番号に電話した痕跡がある。まあお兄さんの恋人の電話番号ぐらい覚えてはったのねえ」 「……蘇芳さんが自分から、なぜ」 「うちらが白翁さんがいなくなったと話してたのを……聞いたとかね」  昨晩の蘇芳の様子はおかしかった。いつもの駆け引きや、振り回す言動ではなく、縋るように「抱きしめて」と懇願して、すぐに自分から謝って去って行った。  今追いかけないと二度と帰らないと本能が叫び、部屋から飛び出した。  だが発情してるから抱くなんて、節操のない行為はしたくない。運命を乗り越え、恋人として結ばれたいと最後までは抱かなかった。  佐奇森と黒曜がすぐに車の手配をしに去って行くのを、白狼は尻尾も耳も項垂れながら見つめ、そしてヒナを見た。 「俺は、……蘇芳さんに『子を産めなくてもいい』と『そばにいてくれるならそれでいい』と何度か口にしてしまいそうになった」 「まあ、死ぬぐらいなら私も産まなくていいと思うよ」 「でも昨晩、お菓子をもらう子どもたちの無邪気な声を聞いて、蘇芳さんは『子を産みたい』 と告げた。彼は女の子も生んでみたいと。紅妖狐はきっと子を産める特別な体質が誇りで、理不尽な運命も耐えてこれたのだろう。だから彼の誇りを傷つけたくなくて言わなかった」  籠の中に残っているお菓子を見て両拳を握りしめた。  お月見泥棒という秋の行事を彼に体験させてあげたいと、季節を感じる行事を一緒に迎えたいと。次は紅葉狩り。庭も山も美しく色鮮やかに色を映やす。それを一緒に見たいと願っていた。 「どうすれば、引き留められただろうか。その誇りを捨ててまで白翁を助けようと決めた彼を、俺のそばに連れて帰るのは、彼の気持ちをないがしろにしないだろうか」  散々探したが白翁の姿は見つからなかった。白狼も、満月が過ぎ去ればイアフのもとへ向かおうとしていた。父は外交の仕事で日本を留守にしていて、自分が動けるようになればすぐに行くはずだった。  彼に相談しなかったせいで不安にさせたのだろうか。すべて選択を間違えてしまった。 「勝手にもう帰ってこないって不安になってるのね。うじうじしててもいいけど、迎えに行けるのは、貴方だけよ、白狼」  ポンと肩を叩くと、ヒナは門をくぐる。

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