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十章 五

「珊瑚の世話もせずに泣いていたイアフさんのもとから救ったんです。悪知恵じゃないよ」  開き直り、マカロンを掴んで食べる。サクサクと音を立てて口の中でほころんでいく。中のアプリコットジャムが入ったガナッシュがあっさりしていて甘い紅茶によく合った。 「珊瑚はまだ時間があるからね。私は自分の息子のために何ができるか考えていますよ」 「まずは僕のために何をしてくれるの」  美味しいマカロンだけでは満足できない。絶対に幸せになれると直感した白狼のもとを去るのだから、白翁を助けるだけでは満足できない。 「そうだね。私がソヒに見せてあげたかった、英国の領地、行きたいと言っていた豪華客船で世界一周、美味しい食べ物と体験したことのない娯楽、そして美しい季節の街並みかな」 「ふうん」  季節を共に感じたいというのは、イアフも白狼も一緒だった。イアフと会話していても白狼のことを忘れることもできず逆にもっと浮かんでしまう。  自分から去ったのに女々しくて、愚かだと首を閉めたくなる。 「その前にもうすぐ日本の神々が出雲に出かけてしまうって聞いたよ」 「そうなの?」  イアフが不思議そうに首を傾げると蘇芳も同じ方向に首を傾げる。 「なぜ自分の国のことを勉強しないのですか。あと一か月後ですね。で、私の部下が調べたのですが、黒山で宴会が行われるそうです。黒山に留守番する神のために宴会、帰ってきても宴会、飲んだくればかりですね」 「そんな話はいいから、それがなに?」  二個目のマカロンを手に持ち、食べようとするとイアフの長い指が伸び、拳銃の形に曲げられると蘇芳の額を『バンッ』と打つ。 「日本で言う奇襲とやらです。お酒でよっぱらった神々へ奇襲します。そしてスオウたちを呪った愚かな神を殺すのです」 「……殺せるの?」 「日本にはロンギヌスの槍のような、神を殺す道具は存在しないのですか?」  また不思議がるイアフに、もう一度蘇芳も同じ方向に首を傾げて笑って見せた。  イアフは自信に溢れ、蘇芳が驚くことに不思議がっている。 「愛する人を殺され、どうしてそんな邪な神を崇めるのです? 私にとっては八つ裂きにしたい悪魔ですよ。殺します。私は自分の命をかけてもいいぐらいですよ」  ケーキを一口で食べ、味にうっとりしている。まるでケーキを一つ食べるような感覚で、神を殺すというイアフはやはり少し狂っている。吹っ切れて怖いものがない人間は強い。 「私は殺す。スオウも探して運命を断ち切りましょう」

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