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十章 七
「助けてー。ヒナさんんん」
「お前な、今まで何してたっ」」
「いたっ 本当、関節技止めて。痛い」
「……どうしたの、白狼」
珊瑚を抱きかかえたままヒナが玄関へ向かう。すると腕を背中に押さえつけられ、悲鳴を上げている暁と、不機嫌そうな白狼がいた。
「すまない。母かマリに連絡してもらえるだろうか」
「ええ、まあ」
寝室にある内線の方へ向かう。どうして簡単に暁がこの銀山もセキュリティに些か不安を抱く。『暁のお兄ちゃん、そっちいるの?』
内線から電話をかけると、弾けるような元気な声でマリが驚いていた。
「うん。邪魔だからなんとかしてくれる?」
『いいよ。さっき白山の警備の人たちが帰ってきてたの。そっち向かわせるね』
マリの頼もしい声に、胸を撫でおろす。すぐに白狼の元へ戻ると、暁は縁側の柱に手錠で縛られていた。だがにやりと下品な笑顔を浮かべる。
「白狼ってば、手錠なんてすんなり出してきたよ。夜な夜な使ってるのかい?」
「暁」
容赦なくお腹に拳が入る。幼馴染とはいえ白狼の彼には容赦ない。
「で、俺たちの前にのこのこやってきて何だ?」
「いや、やっと自由になれたから。数日、操られて自分の体が自分じゃなくてまじで怖かったんだよ。だからイアフさんと接触したときの情報を持ってきたってこと」
「……信用できないな。君がイアフさんにも操られている場合がある」
蘇芳の兄の思い人。白狼はそれを知っているだけに、自分の思いは決して口に出さない。蘇芳もだ。狂ってしまったが、あの人の前の優しい雰囲気を知っているからこそ、嫌いにはなれない。怖いし、近寄りたくはないのにだ。
「あの人、もうすぐ神殺しに黒山に乗り込むよ」
「だからなんだ」
突拍子もない話に乾いた笑みすら浮かばない。
「暁の父が、暁に間者として人魚側に潜り込ませていたらしいね。本当かどうかわからないが、彼が噛み殺しと称して派手な行動をとるのは、山の人外たちにも恐怖でしょうね」
ヒナが威嚇して毛を逆立っている珊瑚を抱きしめながら暁を見下ろす。
「イアフさんは絶対に実行するよ。俺もできるなあ。愛する人を奪った運命も、神様も、殺せる。愛する人だけ死んで、生きてる他の狐が憎くなるんじゃねえのかな」
白狼は悲痛な面持ちだった。
「覚悟を決めた目だった。あのイアフは、自分が死ぬのを厭わない。神を殺したいと思うのは本当だろう」
そして鍵のついた倉庫に入ると、埃をかぶった地図を取り出した。
「黒山は、神無月前に――ここで酒好きの神が三日三晩酒を飲んで歌い遊びつくすと言われている。その三日間、草木、花はもちろん山全体も活気に包まれる。父はその集会に参加を許されているので帰国するはずだと。俺も空気を読まずに参加する」
地図には、何百ともいえる鳥居を進み、黒山の一番上に大きな池がある。そこに登ると指刺している。
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