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十章 八

「この鳥居は邪は払う。すべてをくぐれる人間なんてまずいないだろう。でもイアフさんは軽々登れるだろうね。一人でも登ってきそうだ」 「邪の塊の人の子は、鳥居を潜るのは、身体を裂くような痛みを伴うだろう」 「俺もついていくよ」  駄目だと、置いていくと言われると覚悟していたのにもかかわらず、白狼は表情と意思が一致していない様子で、苦々しく言う。 「おーい。縛られたまま放置せんといてー」  情けない暁の声に、嘆息しつつ白狼がまた手を取り、廊下へと歩き出す。 「多分、まだ俺の中に、神が入ってるって。だから俺ごと黒山に連れてって」 「……本当か」  柱に縛られた暁は、大げさにため息を吐いて頷く。 「ああ。まだ身体を乗っ取られそうな、すっげえぐるぐるした吐き気がしてんだよ。一瞬でも油断したら飲み込まれそうな感じ。頭が引き裂かれそうな痛みに、白い亀の神様が俺に言ったんだ」 「――白い亀の神様?」  怪訝そうに聞く白狼に、暁はにやりと口角を上げた。  ***  Side:末摘 蘇芳 『蘇芳さん』  見た目は鋭い目つきに、大柄な体格で恐る恐る触れてこようとする不器用さ。けれど一度触れてしまえば、その意志の強い心地よい体温に、蘇芳の胸が大きくはじける。  心を鷲掴みにされるとはこんなことを言うのかもしれない。  最初に白狼に会いに来た理由は、珊瑚のために珊瑚以上に優れた種と混じりたいと願ったからだ。それとイアフよりも権力もあり保護してくれる人。 『白山の大和家なら』 白翁がそう言った言葉を、噛み締めていた。  紅妖狐は、神に愛された獣だった。 美しく気高く、他の種とは交流せず健気に神に尽くす。だがそれはお慕いする相手。恋愛ではなく敬愛。それでは紅妖狐を愛した神は癒されない。  それならばと、紅妖狐に触れた相手さえも神は呪おうとした。  紅妖狐は抱かれながら精気を喰らう。その精気でお腹に栄養を与える。ただ不老不死のイアフは、紅妖狐のその力は効果がなく、蘇芳の兄はイアフの絶対的な力と、溢れんばかりの愛を信用した。  結果、神は愛する相手を一人で死なせてしまった。  兄の葬儀と珊瑚の出産は同時だったせいで、イアフは全く珊瑚を抱きしめなかった。 『お前たちは狂っている』  だが蘇芳たちの前から珊瑚を遠ざけるために連れ去った。白翁が探し出してくれたが、老体で乗り込むことは叶わなかった。 『蘇芳。人魚の一族と敵対するやもしれません。私は人外を統べる存在の大和家へ向かいます』  もう目も見えていない、人の形に変化する時間も短くなった白翁に、蘇芳はどう言葉をかけるか迷う。 『貴方は絶対に珊瑚を連れ出し、私が向かう大和家を目指して逃げてきてください。大和家は信頼できます。私が保証しましょう』

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