120 / 168

十章 十

 *** 「スオウ?」  腕を掴まれ、現実に引き戻された。蘇芳の肩を引き寄せ、心配そうに寄り添うのは、イアフ。  あたりを見渡せば、車の中。そうだ。黒山を目指し、車を走らせたばかりだった。 「眠っていたと思っていたけど、宙を見て動かなくなったので心配になりました。暁は銀山にいるみたいです。どうしました?」 「白昼夢」  かすれた声で言うと、大粒の涙が込み上げて、頬を濡らした。 「つまらない、――つまらない夢を見てしまった。現実にならないよって、夢で絶望を感じてしまうぐらい」  夢でしかない。夢でしか見られないよ。  夢でしか実感できない幸せ。現実では起こることはないよ、と神があざ笑った。 「……何を言うかと思えば」  イアフは表情を崩さないまま、蘇芳を抱き寄せ、涙を指先で拭う。 「何も起こってないのに諦めるのは早いですよ。その夢はきっと、あなたの願望で、将来起こりうることですよ」 「だって僕は白狼じゃない。白翁を選んだ。白狼の隣に居られるように、大切なものに気づいたから」 「愛は人を変えるのです。人が変われば運命も変わるかもしれませんよ」  大丈夫だよと、イアフが優しく抱きしめる。兄が愛した人は、膨大な力を誇示はしているが、力がある分自信家で、そしてどんなことでも受け止めてくれる包容力もある。 「……そっか。僕は白狼の隣で幸せになりたかったんだ。夢に見てしまうほど、白狼の隣に戻りたいんだね。未練がましい。最初は、白狼の精力や種族の強さで近づいたのに」  涙が溢れる蘇芳に、イアフは抱きしめ耳を撫でる。 「それが心だ。今は痛めばいい。私が楽にしてあげる。スオウにもサンゴにも、幸せな運命を私が守ってあげるからね」  イアフが抱きしめ、銀色の髪に包み込まれた。イアフと蘇芳を乗せ、車は黒山へ向かう。  神々が宴会を行うその山で、今度こそ運命の終止符を叶えるために。 

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!