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十章 十
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「スオウ?」
腕を掴まれ、現実に引き戻された。蘇芳の肩を引き寄せ、心配そうに寄り添うのは、イアフ。
あたりを見渡せば、車の中。そうだ。黒山を目指し、車を走らせたばかりだった。
「眠っていたと思っていたけど、宙を見て動かなくなったので心配になりました。暁は銀山にいるみたいです。どうしました?」
「白昼夢」
かすれた声で言うと、大粒の涙が込み上げて、頬を濡らした。
「つまらない、――つまらない夢を見てしまった。現実にならないよって、夢で絶望を感じてしまうぐらい」
夢でしかない。夢でしか見られないよ。
夢でしか実感できない幸せ。現実では起こることはないよ、と神があざ笑った。
「……何を言うかと思えば」
イアフは表情を崩さないまま、蘇芳を抱き寄せ、涙を指先で拭う。
「何も起こってないのに諦めるのは早いですよ。その夢はきっと、あなたの願望で、将来起こりうることですよ」
「だって僕は白狼じゃない。白翁を選んだ。白狼の隣に居られるように、大切なものに気づいたから」
「愛は人を変えるのです。人が変われば運命も変わるかもしれませんよ」
大丈夫だよと、イアフが優しく抱きしめる。兄が愛した人は、膨大な力を誇示はしているが、力がある分自信家で、そしてどんなことでも受け止めてくれる包容力もある。
「……そっか。僕は白狼の隣で幸せになりたかったんだ。夢に見てしまうほど、白狼の隣に戻りたいんだね。未練がましい。最初は、白狼の精力や種族の強さで近づいたのに」
涙が溢れる蘇芳に、イアフは抱きしめ耳を撫でる。
「それが心だ。今は痛めばいい。私が楽にしてあげる。スオウにもサンゴにも、幸せな運命を私が守ってあげるからね」
イアフが抱きしめ、銀色の髪に包み込まれた。イアフと蘇芳を乗せ、車は黒山へ向かう。
神々が宴会を行うその山で、今度こそ運命の終止符を叶えるために。
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