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十一章 二
『俺も敵でも味方でもないよ。俺、白狼は好きだが、イアフさんを知ってしまったからさ』
昔から、暁は飄々として冗談が過ぎるふざけをすることはあった。
ただ、父親同士が仕事のパートナーであったため、付き合いは長い。
数年前に同じ環境省で働いていたが相談もなしに退職し、自分探しだと理由を付けて旅に出てから最近まで会えていなかった。
白狼はここを守る責任があるので離れられない。自由な暁が羨ましいと感じる時もあった。
『多分さ、イアフさんは世界で一番優しい人魚だよ』
柱にくくりつけ、蘇芳を襲ったことについて謝罪があるかもしれないと話を聞いていたら、暁の口から出たのは、イアフを庇う言葉ばかりだった。
患者として彼の日本での案内係をしていただけの暁が、彼の何を知ってしまったのだろか。
だが、今の暁は白狼の知っている暁とは、少し違っている。オーラというのだろうか。
『で、あんま惹かれちゃって隙を見せているうちに、神に乗っ取られちゃったってわけ。俺は今は白狼の味方でも敵でもない』
彼が父から頼まれて人魚の間者をしているというのも、なぜだが信用できない。幼馴染を信用しないなど、自分の方が気持ちが悪いのだが、そう感じてしまっていた。だから暁から出たその言葉は、すとんと納得してしまうには十分だった。」
白山の麓で、ぼうっとそんなことを思ってしまった。
『今日から、山の泉から酒が噴き出る。今からなら、八百万の神々も機嫌がいい』
暁にそう言われ、父は先に帰国し大和家の代表として上にあがっている。白狼と蘇芳たちも上り、父や神々から紅妖狐の情報をもらいこの運命の呪縛から解放されなければいけない。なのに、漠然とした不安が浮かぶのはどうしてだろうか。
山の頂上まで続く階段には、煩悩の数と同じ百八の鳥居が並んでいる。神々しい鳥居は今にも白狼を飲み込もうと顔を覗いてくるようにも見えた。酒造で貰った酒を持つ手に力がこもる。
一歩、足を踏み出そうとした時だ。背から、草履が砂を擦る音が響く。
カツカツと革靴も響き、遠くて車のエンジン音も聞こえてきた。
「なんか、外で耳と尻尾を開放的に出すの久しぶりだよね。ああ、白狼は最近まで生えていなかったから仕方ないけどお」
「……蘇芳さん」
振り返ると、イアフと蘇芳が立っている。
急に蘇芳が消えてまだ二日も経っていなかったが、何か月もあっていない気にされた。懐かしくもあり、隣で肩を支えているイアフに嫉妬を抑えられずに威嚇するように睨み、余裕がない。
言いたいことは沢山あったが、弱気になった部分も吐露してしまうことは躊躇われ、それ以上は言葉が出てこなかった。
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