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十一章 三
「私は、上にいる暁のもとへ先に行きますね。貴方はスオウを守りながら来るといい」
「何を勝手に」
言い終わらないうちに、さっさと階段を爽快に登っていく。神気を感じても怖気づく様子もなく躊躇似も感じない。
蘇芳はイアフの隣から、てくてくと歩いてくる。表情からは感情が伝わっては来なかった。
背伸びをしながら蘇芳が白狼の顔を見る。異変に様子を伺っているようだ。
「……不安なら、僕だけで行ってくるよ」
白狼の持っていた酒を奪い取ると、一番初めの鳥居を独りでくぐった。
「蘇芳さん」
「これは僕の問題だから、白狼はここで待ってていいよ」
わざと遠ざけようとしている。鈍感な白狼にも分かるぐらい三文芝居に、少し気が緩んだ。
「そんなわけいかない。けしかけたのは俺だ」
酒を奪い返すと、反対の手で蘇芳の手を握る。
「それに今日は他の山の人外たちもいる。鳥居には近づかないが、宴会の雰囲気や神々の光を見たりして、ここはきっとどこよりも安全だ」
何本も鳥居を潜り抜けながら、白狼がぎこちなく笑う。少しピリピリとしびれる程度の痛みだがあったがまだ妖気にも神気にも充てられていない。
ひきつって悪代官みたいになる笑顔が嫌いだったが、安心させたかった。
「ふうん。じゃあ、今の眉間の皺が深かったのはなんでなんだろう」
「自分でもわからない。野生の勘かもしれない」
「白狼って絶対浮気とか隠せないタイプだね」
「浮気はしない」
潔癖すぎるぐらい真面目な男が、間髪入れずにそういうと握っていた手を開き、指を絡めた。空には無数の星が煌き、草木は揺れて重なり合い音を鳴らし、囃子太鼓や笛の音が山の頂上から聴こえてくる。
「……知ってるよ」
蘇芳も顔を破綻させながら、絡めた指に力を入れた。
「白狼は、名前に色があるでしょ。白って。僕も蘇芳って赤色の種類なんだよ」
「そうだった。確か最初にそう聞いている」
「白って、何色にも染まる純粋そうな色だよね。なのに、白狼はずっと純粋。きっと染まらないんだろうね」
歩きながら、ただの雑談のように話し出したが、白狼の胸はまたざわめきだす。その理由を、ここにいる二人には理解できないでいた。
「俺は、蘇芳という色も綺麗だと思う。少し落ち着いた色。しっとりしていて、艶やかだ。今は紅赤の色鮮やかな色を着ているけれど、もう数年経てばあの色が似合うと思う」
「あはは。艶やか、かあ。暗くてあまり似合ってないように感じたから嬉しいよ」
「君に似合わない色はないはずだ」
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