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十一章 五
「暁」
制止しようとして身を乗り出したが、蘇芳が腕を掴んで止めた。
「やめて、白狼」
「蘇芳さん」
「あれはきっとまた暁って人じゃない。そうだよね?」
蘇芳の言葉に、白狼が大きく目を見開く。小さく息を飲んだのは、同時だった。耳に顔を寄せ
もう一度、暁の背中を見た。匂いも彼で間違いない。仕草も、顔も、表情も。だが、言い様のない漠然とした不安の理由が分かったような気がした。
「分かった。暁から目を離さない。が、危険になったら蘇芳さんだけでも逃げるんだ」
「……残念。僕は白狼のお嫁さんになれないなら、逃げてもしかたないんだよ」
掴んだ腕をいつの間にか絡めながら、おねだりするような可愛らしい声で言う。
それ以上何を言っても無駄だと、白狼も苦笑しつつ頷いた。上を見上げると、果てしない鳥居の続く階段の上で星が瞬いている。
笑い声、囃子太鼓、楽器の音。 楽しそうな声がするが、二人は大きく息を飲んでいた。
上を目指す者は、自分の運命を狂わされ、それでも運命を覆そうと生きているイアフ。運命を変えたくて、紅妖狐を人の形に化けさせた神を探す二人。 そんな二人の前に現れた、――暁。 目的は漠然としている。けれどそれに向かうしかなくて、まるで夢遊病のようにふらふらと目的を頼りに歩いていた。
「なあ、今日はすげえ満月だな」
鳥居をくぐり、山を半分まで登り切ったところだろうか。暁が空を見上げ、落ちてきそうな月を指さす。白狼は太陽を見上げようとはしない。代わりに蘇芳が伺う。 今にも山に落ちてきそうな、銀色に光る大きな月。魅入っている。
「ね、蘇芳ちゃん。月が綺麗ですね」
「……気安く呼ばないでくれる?」
「ふ。教養のない無粋な人だなあ」
クスクス笑われ、ムッとして白狼を睨む。
「月が綺麗ですね、は『貴方を愛している』という意味を込めて言う場合が多い」
それは日本語で英語を訳すときの薀蓄があるのだが、説明すれば暁が蘇芳をまたからかうのが目に見えている。なので掻い摘んで説明したが、蘇芳は頷く。
「からかってるわけか。ふうん」
益々嫌悪しか抱けなかったが、警戒する。
空を見上げると、暁の表情を捉えることはできなかった。夜の薄暗い空間に、うっすらと赤く輝く鳥居を何度も潜り抜けながら、暁の背中もなぜか微かに輝いているようにも見えた。
「白狼、珊瑚ちゃんはどうしてんの?」
「ヒナに預けている。母とマリと四人でいるはずだ」
「へえ。なんで人に簡単に預けたんだ?」
「――暁、さっきから遠回しになんだ。俺はそういう言い方は好きではない」
距離は開けつつ暁を睨む。暁もその様子に挑発するかのように嘲笑っている。
「お前みたいに簡単に人を信用する、信用させてしまう。生まれながらの狼の性ってやつ? 俺はそれが羨ましかったんだよ。大和家なんて、人外のなかじゃ知らないやつはいないだろ」
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