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十一章 六

「そうだが、俺は家に恥じない自分で居たいだけだ。お前はそんな柵など気にせず自由に生きてきているじゃないか」 「お前と比べられるから、だ。――お前と同じことをしたら何も適わないから」  突然、隠してあった大きな翼が夜空にきらめく。振り返った暁の目は血走って興奮しているように見えた。 「……お前は前向きで自由奔放で、それが優柔不断にも思えたが俺にはうらやましくもあった」 「ふ。そうやってぶつけてくる悪意さえも受け止めるとか、神にでもなった気かよ」  吐き捨てるように言った後、もう一度空を見上げた。  暁が吐き出す闇。その闇に侵入したのだろう。話していく暁の中から隠れていた神の本性が垣間見える。蘇芳を後ろに隠すと、白狼は烏の翼を広げた暁を睨みつけた。 「昔、すげえ昔だ。つまらない集会に、朽ちていくこともない命に嫌気がさしてこんな風に月を見上げていた。すると、目も心も、すべて奪われるような美しい狐が現れ、私を魅了した。生きることに漫然で、何をするにも息が詰まり億劫だった私の命を、再び燃やすような――そんな美しい狐が私に近づき頬擦りしたんだ」 「……暁、いや、……あんたの話か」  暁の顔がゆがむ。そして目を閉じて頷く。 「昔の話だが――」  言葉を濁していた暁が、突然足を止めた。階段の数歩先に、また人影が見えたからだ。暁はその人影から二人を守るかのように道を塞いだ。 「今の話、私には教えてくださらなかったですね」 「あんたには、関係ないから。――イアフさん」  ゆっくり階段を下りてくるイアフに、白狼は蘇芳を背中に隠す。が、銀色に光るイアフを見て目を見開いた。イアフの両腕に抱かれているのが、預けているはずの珊瑚だったからだ。 「珊瑚っ」  蘇芳も気づいて駆け寄ろうとしたが、白狼が引き寄せて後ろから羽交い絞めして止める。 「珊瑚を離せ!」 暴れる蘇芳をよそに、珊瑚はぐっすり眠っている。 「私が登っていたら、階段の端から飛び出してきたんですよ」  さきほど屋敷でヒナに抱かれミルクを飲んでいたはずだ。こんな短時間で現れるはずがない。  父親であるイアフの匂いに飛び出したのか、黒山の神気に吸い寄せられたのかは分からない。 「大人しくしてもらうために眠ってもらってます。大丈夫。危害は加えませんよ」 「当たり前。危害どころか珊瑚に関心もなかったでしょ。久しぶりに会えた珊瑚だよ。どう?」 「それぐらいソヒが大切だったんだ。私は、ソヒをこんな運命に狂わせた原拠が憎い。そして、この子が同じ運命になるのも耐えられない」  もう少しで、頂上に着く。それなのにこんな階段でなぜ緊迫した空気の中、運命を翻弄されなければいけないのだろうか。白狼の焦りが表情に浮かび上がってくる。 「この子の運命が変わらないなら、今のうちに奪ってしまった方がいい。感情が芽生えるまえなら、傷つかずに済むよ」 「珊瑚の命をお前が決めるな」 「――暁」  二人の争いを、唇の端を上げながら笑う幼馴染み。白狼にはその顔は、子供のころから隣で見ていた暁からは一度も見たことのない様子だった。 「お前、いい加減、暁か出てこい」

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