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十一章 七
その言葉に、イアフも表情を硬くする。気づいていながら、ここまで彼に誘導してもらったようだった。
「俺は、さっきも話したじゃん。漫然と生きてきて、――紅妖狐にも見捨てられ孤独に生きてきた。俺を選ばなかった紅妖狐がどんな結末を迎えるのか、それが楽しみで身近な人間に乗り移って見ている。体はとっくに朽ち果てたからね」
クスクスと笑う暁から、知らない影が見えた。黒髪の、夜を纏ったような着物と、虚無のように艶もない真黒な瞳。
「纁と人魚の恋は、悲しかったね。自信満々であんなに抱き合って、自信を失って可哀そうに」
「私を馬鹿にしても、彼を笑ってはいけませんよ」
イアフは蘇芳に視線をやると、珊瑚を投げる。蘇芳が珊瑚を受け止めるのと、イアフが暁の首を捉えるのは同時だった。鳥居に押し付けられて苦しそうな暁に、イアフは構うことなく片手で首を締め付けだした。
「お前だけは許さない。絶対にこの手で殺すと決めていた。仕方ありませんね」
「この体は借り物だよ。彼が死んでも俺はまた違う誰かに乗り移って紅妖狐を見守るよ」
探していた神を見つけたと同時に絶望を感じた。彼が原拠で諸悪の根源で、この場の全員を苦しめている。
「俺は煩大人(わずらいうし)。厄災をこの身に受けて、人々を守ってきたツマラナイ神だった。散々守ってあげたのだから、たった一人、この世で愛した紅妖狐が俺を愛してくれたら良かったのに、彼は俺じゃない。人間を愛した」
「……蘇芳さん、上まで走って父に知らせてくれますか。上に行けば珊瑚もきっと安全です」
イアフと暁の争いのさなか、白狼はそう耳打ちするとじりじりと距離を広げ、上へ逃がそうとする。この山は様々な神が来る。自分の存在に疲れた神も、傷ついた神も、いる。
その中でもこの神の危険さに気づき手を差し伸べてくれる神がいるかもしれない。宴を邪魔されて機嫌を損なう場合もある。神域に踏み込むリスクもある。だがリスクがあっても大和家のように侵入を許される立場もある。頂上には白狼と暁の父親たちが居るはずだ。蘇芳だけでも上へ行ってもらいたかった。
「できるな。今、この場で頼れるのは君だけだ。君だけが珊瑚を守れる」
後ろ手で天真酒造の酒も渡す。蘇芳は小さく頷くと、一目散に上へと駆けだした。
「ああ、行ってしまう。俺の可愛い、大切な狐」
階段を上る蘇芳に、暁の身体で出を伸ばすが、イアフの手がそれを叩き落とした。
「お前のではない。お前の名前も、お前の存在しる理由も興味がない。ただ一つ、お前の魂を殺したい。ズダズダに引き裂いて、苦しんだまま殺したい」
暁の首を絞めていた手に力を込めた。暁を殺すのもいとまない。そんな覚悟を感じ、白狼がイアフの手を掴んだ。
「止めてくれ。彼は俺の友人だ」
掴んだ手とイアフを制した後、ゆっくり暁を見る。
「蘇芳を、開放してほしい。彼を自由にしてやってくれ。彼の人生は彼が決めるべきだ」
真っすぐに目を見て、告げる。暁の中の神は、苦しそうに息を吐いていたが、口の端を上げて歪ませた。
「解放したら、彼はただの狐に戻るよ」
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