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十一章 八

 首を絞めるイアフの片手を、両手で掴んでも離れない。人魚の力に、暁の体では敵わないよう図だった。  神に告げられた真実を知って、一瞬口を噤むとその隙を狙うように神が笑う。 「人の姿にならないただの獣。当たり前だ。俺が獣を人外に変えただけなのだから、ただの狐だ」 「構わない」  はっきり、迷いなく白狼は告げた。 「貴方に決められた運命に苦しむぐらいなら、彼を自由にしてやってくれ」 「ただの獣だぞ?」 「子を宿すと死ぬという、バカげた呪いに比べたら、獣の方が自由でいいだろう」  迷うことなくそう告げると暁の向こうにいる神を見る。 「はやく今すぐ解放してくれ」 「……お前、そんなにあの紅妖狐を好いておるのだな」  悔しそうに、忌々し気に呟く。その姿に暁の面影が何もない。それが更に白狼に落ち着きを取り戻させる。 「好きで悪いか。俺が彼を好きで何が問題ある」 「ないが、俺がお前に成りすませば、――俺は今度こそ紅妖狐に好かれる。こんなに時間がかかったが、今度こそ結ばれる」  うっとりと歌うように、彼は夢を見ていた。それが蘇芳たち紅妖狐にとって長い長い悪夢だったとしても。 「構わない。暁ではなく、俺に憑りつけばいい」 「おい、狼」  イアフが制したが、白狼は一瞥しただけでまたすぐ暁を見た。 「早く、俺に来い」  白狼は目を逸らさなかった。友人の体を乗っ取り、何百年も紅妖狐の種族を運命に縛り付けた神。対峙するならば自分しかいない。覚悟はできている。 「この首を掴んでいる手を離せ。そうしたら、お前に行く」 「分かった。イアフさん、離してあげてください」  言葉を間違えれば、今にも手折ってしまいそうな、そんな危うさの上に立っていたイアフが、我に返ったように白狼を見る。 「貴方、正気か?」  イアフは手を離すのを躊躇し、覚悟を問う。だが白狼は暁の中の神とにらみ合ったまま頷くだけだ。覚悟は覆らない。 「俺に彼が憑りついたら暁を抱えて上へ。それで俺が神に負けてしまったら……俺の命事切り捨ててほしい。神の命と相打ちになる覚悟もある」  白狼の言葉に、イアフは唖然としつつも暁の首を掴んでいた手の力を脱いた。 「どうせ、何百年も紅妖狐を縛っていた神だ。殺さないとその呪いなど解けませんよ」 「俺は、そうは思わない。許しはしないが、誰だって心が荒ぶってしまうときがある。それを、誰にも注意してもらえないから、こんな風にボタンを掛け間違うんだ」

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