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十一章 九
「掛け間違うだけで、無意味に苦しめて紅妖狐たちを殺してきただろ」
「だからこそ、貴方や俺みたいに紅妖狐の種族を愛した人物を知っておいてもらいたい。俺にも俺の考えがある」
一瞬だけイアフが顔を歪ませていた。それは危うい賭けをする白狼を、心配しているようにも見えた。
蘇芳の兄が愛した相手だ。優しくて壊れてしまった人だ。まだそんな表情もできるのは、全てが壊れてしまえいないのかもしれない。
白狼は、首を押さえて蹲る暁を見て、眉を顰める。自分のせいで巻き込んでしまったのかもしれない。陽気で後先考えない奴だが根はいい奴だと知っている。
「来い。神よ。俺に憑りついて蘇芳さんの傍に居られるならそうするがいい」
引かない。一歩も引きはしない。彼を苦しめるだけのこの存在に負けない自信はあった。
今宵は下限の月。もう欠けた月の前で理性は失わない。
自分が守る山の中。共に過ごした仲間と、そして初めて会った日から胸を掴んで離さない大切な人がいる。ここで負ける自信は全くない。
大きく舌打ちされ、暁の身体はぱたんと力が抜けたように地面に倒れる。 代わりに空に浮かぶ、灰色の蜃気楼から目線を離さない 来るなら来ればいい。真っすぐに目を逸らさず、向かってくる災厄をその身に受け止めた。
***
Side:末摘 蘇芳
鳥居を通り抜けるたびに、ピリピリとした神気に頭痛がする。空気は薄くなった代わりに酒のような思考を奪う甘い香りがする。一歩一歩が鉛の足のように重く苦しい。足を石畳の階段に置く度に痛みが走った。
けれど頑張れたのは、白狼が背を押してくれたからだ。
自分の死を怖がらず、復讐のために蘇芳を助けてくれたイアフのおかげだ。
階段を駆け上がり、懸命に運命を変えようとしている愛しい恋人のために、今ここでこの神と対峙しようと向き合っていた。
祭囃子が聴こえる。遠くで、遠くから聴こえてきて体中に絡みついている。
神々の楽しそうな声、囃し立てる手拍子、走りまわる足音。手にはお酌。いろんな場所から酒の匂いが漂ってくる。
「痛っ」
鼻緒が切れた。頂上にもう少しで到着するという瞬間だった。もちろん構わず、その場に脱ぎ捨てて駆け上がる。バランスが悪くて、もう片方も脱ぎすて地面をけり上げた。 思い出すのは、珊瑚をイアフから奪った日だ。 あの日もこうやって振り返らずにはしったっけ、と蘇芳は笑う。笑ったつもりが顔は強張っていた。
「蘇芳さん? 蘇芳さんですよね」
糸目の男が駆け寄ってくる。それが暁の父親の烏丸であると気づき身体が強張った。彼は暁と繋がっているのではないかと疑いがあった。けれど、彼は本当に心配していたのか蘇芳を見て安堵の息を吐いた。
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