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十一章 十

「良かった。暁とも連絡が付かなくて心配していました。白狼さんたちは? 大和さまが酒泉の前でお待ちです。……どうされました?」  ぶわっと涙が浮かんできたがすぐに顔を振って消し飛ばす。 「暁さんに、神が憑いてます。煩大人っていう、厄災の神。イアフさんも来てます。珊瑚を連れてきた。預かっているはずのヒナさんにも何かあったかもしれない」  早口で言いながらも、不安は消えない。 「白狼が抑えてくれてるけど、イアフさんが暁さん諸共神を殺そうとしてて」 「落ち着いてください。大丈夫ですから、私どもがいます。なんとかします。大丈夫ですから、酒泉の前へ。あとはお任せください」  穏やかにそう告げると傍に居た佐奇森たちに指示をしだした。 山の頂上は山紫水明、柳緑花紅、風光明媚の明媚。春容は花天月地と謳われ、神々が好む酒が沸き、季節が変わる度に宴会が行われ、三日三晩騒いだ後、人々にも恩恵が与えられると言われている。まるでここだけ御伽の世界のよう。けれど現実にここに人外は集う。  よく見れば、そこら中動物が走り回っている。三味線、琴、笛の音、笑い声、足音、煌びやかな着物、淡い炎、この世のどこにも存在していないような言葉で表せない美しい世界。時間が止まっているように思えた。 「こちらだよ、蘇芳さん」  低い声が、蘇芳の名を呼ぶ。奥の泉の前で、スーツ姿の男性が蘇芳を手招きしている。 白狼と同じく、意志の強そうな眉、様々な経験が刻まれている深い皺からは威厳が感じられる。一目で白狼の父親と気づいた。  そして隣で泉に腰掛け神々しく白く輝く男が一人此方を見て笑っている。 「ああ、息子がいつもお世話になっているね。蘇芳くん」  白狼の父親に何か言おうと口を開こうとしたが、言葉にならない。頭を下げると代わりに涙が溢れた。だが白狼の父親ではない。蘇芳が目を疑い言葉を無くしたのは、その隣の人物だった。 「おう、はくおう、……はくおう」  意識不明の重体で、甲羅が負傷しもう人の姿に戻ることも難しいと言われていた。  最後に分かれた時は、美しい白髪に艶もなく、ほぼ見えなくなっていた両目も濁って輝きが失われていた。  だが目の前の白翁は、白く輝き、少し動くだけでも光輝いているように見える。真っ白な亀の神。一千年以上生き、人々に知恵を与え続けていた生き神が、本当の神になって目の前に立っている。 「頑張って大和家にたどり着いたのですね。無事に珊瑚を連れて、ここまで来たのですね」 「白翁、どうして、白翁、どうしてここに」  白翁は優しく微笑むと目のしわが深く刻まれる。 「貴方は兄と違い、運命を受け入れて願う子じゃなかったから心配だったのですよ。頑張って珊瑚を連れて山を登ってきたんですね」  両手を広げた白翁に、蘇芳は抱き着いた。いつ目が覚めるか分からない。  もう目が覚めても人の姿に戻れないのかもしれない。白翁と白狼、どちらを選ぶか悩んだこともあった。  その白翁が今、神々しい姿になって目の前に現れた。信じられない事態に、抱きしめた手が震え、今にも倒れてしまいそうだった。 

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