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十二章 二

「え……」 「ここの酒泉は、長寿の力があります。人間と一緒に居たいなら飲むべきではないのです」 「私は飲む。人間は仕事がありすぎて寿命が削られていく。もう少し人と人外の橋渡しをしたい。怪しまれない程度に長生きしたいからね」 「大和さんには期待してはるから」  二人の会話を、呆然と聞きながら蘇芳は体が震えていた。さきほどまで、暁に宿っていた神の存在から絶望が足元を崩されていくのを感じていたので、二人の会話との温度差に震えていた。  白狼の父と暁の父は、妖気や神気に包まれた山の頂上でも、耳も羽も尻尾も出さない。それは人の形に完全になることができているからだ。  蘇芳はお酒を白翁に差し出しながら、震えた声で言った。 「白翁。僕は白狼の隣で生きていけるかな。運命を変えることはできるのかな」 「ええ」 「……白狼の隣に居ていいの」  口に出したくなかった。嘘にもしたくない、否定もしたくない、夢の中の戯言。それなのに、泣きながら蘇芳が言葉にしても誰も笑い飛ばさない。祭囃子、笑い声、強く薫る、酒泉。人の世ではないこの空間で、白翁は笑う。 「神の力で人間の姿になっているんです。君が運命から解放されたらただの紅狐に戻る。その覚悟はできていますか」 「それで構わない。白狼たちの祖だって狼から人間になったんでしょ。僕もなるよ。愛の力ってやつでね」  ふふん、と強気で笑うと白翁と大和の父は笑わずに蘇芳の決意に頷く。 「この黒山の地は神気に満ちています。ここで神から与えられた力を放出して手放す。そうすれば貴方は自由な獣に戻ります。私がそそのかしたのが始まり。放出する手伝いをします」  白翁は、この地に満ちた神気に溶け込みやすいように、抱きしめる。白翁の神気が体に浸透していき、震えていた身体に力が溢れた。 「強く願うんです。貴方なら絶対に大丈夫です、蘇芳」  何度も耳や尻尾を撫で、緊張や恐怖を取り除いていく。始まりは白翁だったのかもしれない。だが、彼からもらったものは多く、蘇芳と同様に運命と共に命を散らした紅妖狐は誰一人、責める者はいないだろう。 「蘇芳さん、イアフさんが戻られましたよ」  その声の方を振り向くと、暁を背負ったイアフが丁度上り終わっていた。暁が背負われていることに、状況が分からず珊瑚を抱きしめたまま九尾の後ろへ隠れてしまう。先ほどまで首を絞めていたはずの暁をなぜイアフが。そんな懸念から近寄ろうとも思えない。 「お久しぶりです。イアフ」  イアフが暁を烏丸に渡しながらこちらを見る。 「おや若返りましたね。またお目にかかれて光栄です」 「イアフというのは海外の月の男神の名前ですね。未熟ながらその末端に加えていただけることになりそうです」  苦笑する白翁に、イアフは言いたいことを飲み込むように値踏みして口を閉じた。兄の死で、悲しまなかった件の不信感はぬぐいされないようだ。 「その様子だと、私のスオウは呪いから解放されそうですね。私は、あの神を殺さなくてもいいのかな」

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