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十二章 三

 イアフの意図がまだはっきりとわからず、張り付けた笑顔に警戒してしまう。 「イアフさん、大丈夫だよ。僕がただの狐に戻るだけで、運命から解放されるんだって」  立ち上がって、イアフに抱き着くと、裏表のない真っすぐな蘇芳の言葉に目をパチパチさせた。 「……それは、サンゴにも有効?」 「そうだよ。イアフさんがここに行こうって僕を連れてきてくれたおかげだ。イアフさんの願いも叶うんだよ」  抱きしめる蘇芳に、イアフは少し固まってから、蘇芳を抱きかかえた。  その顔は、いつもの飄々としたつかみどころのない美しい顔ではない。ぐしゃぐしゃに歪んだ顔。誰にも見せず、蘇芳を抱きしめて自分の弱さを隠しているようだった。 「ねえ、白狼は?」  蘇芳だけは瞬きをして現実が見えていなかった。イアフは暁が自分の動向を探る間者だと知っても臆することなく、神々の血にも恐れることはなく。ただただ愛する人の弟と息子を守るためだけに危険を犯し続け、痛みを感じることもなく怯まずここまで来たことを。 「イアフ、さん?」 「私は、ソヒを守れなかったけれど、ソヒに頼まれていたからね。君のこと」  含み笑いで流すイアフをすり抜け、白狼の父は気づかわし気に暁の元へ行き、頬に触れた。 「君は大丈夫か?」  もう嫌な雰囲気はしない。初対面で感じた、べったりした視線も、笑顔も無くなっている。 「ごめん、おじさん、俺、神様の気に触れて、同調しちまってさ、たまに乗っ取られてたみたい。だっせー」 「いい。私も忙しくて周りに気を使えず気づかなくてすまない」  ――すまない。  白狼の口ぐせだ。父の口調が移ったのだろうか。そう思うと、家族がいる白狼にじわりと羨ましい心が芽生えた。 「白狼は、まだ下ですか?」 「ああ。今、直接体に宿らせようとしてるみたいだ」 「白狼が?」  心配で身を乗り出すと暁が、蘇芳を見て泣き出しそうな顔をした。 「あんた、……綺麗だから、あんなおっかない神にずっとストーカーされて可哀そうだ」 「……僕たち紅妖狐に力をくださった神ってどんな人? 白狼を一人にして大丈夫なの?」  暁はまだ顔色は悪かったが、ふらふらと自力で歩くと、蘇芳の目の前で泣き出しそうに微笑んだ。 「すごく、寂しくて可哀そうな人。どこにいても誰と一緒に居ても満たされない可哀そうな人だったよ。あ、煙草大丈夫?」  煙草を取り出した瞬間、容赦なく暁の父が頭を拳骨で叩いた。頭を押さえつつも、その言動からはもう嫌悪感はない。 「だから、白狼は大丈夫。あいつ、絶対あの神の感情に引きずられないっしょ」

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