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十二章 六
人間の傍に居たいと、その紅妖狐は言う。自分の種族の繁栄はいらないという。
だから反対にしてやった。好いている人間と結ばれれば、種は残せるが自分は死ぬ。その条件で人間にしてやった。可愛そうに。私を選べば幸せだったのに。けれど、その紅妖狐は幸せそうに死んでしまった。
『好いているあの人の子を産めるとは思わなかった』
残された人間も、その紅妖狐を大切に育てた。
何百年も、何回も、その繰り返し。不幸の中で幸せを見つけて、前向きに歩こうとする。
紅妖狐は勝手な生き物だ。周りを不幸にするだけ。種を残すために周りを不幸にするだけ。それなのに人を好きになるのを諦めない、愚かな種族。常に一匹で、常に孤独で、だから人を求める。こんなに何百年も見てきたのに、誰も私を選ばない。何度も何度も愚かな行いで死んでいく。いつの間にか受けつがれた意思からは、子を産んで死ぬことを厭わなくなっていた。
私は、一人で夢を見ている。夢には様々な夢がある。悪夢、正夢、逆夢、明晰夢、願望夢、不安夢、凶夢、予知夢。夢の中でさえ幸せになれない私は夢遊病のように紅妖狐に執着していた。
何度、子が生まれようが誰も私を選ぶはずがない。
珍しく双子の兄弟が生まれた時も期待しなかった。これは愛ではなくただの執着。もはや、不幸せになってほしいと願うただの私の白昼夢。
ただ一つ、魂の共鳴と言われる、夢の中へメッセージを送れるその行為さえ、彼らには届かない。
蘇芳と名付けられた、情熱のように燃え盛る紅妖狐さえ、暁に乗り移る私を察し嫌悪を抱いたのだから――。
これほどまでに紅妖狐に執着している私を、ただの狼が抑えきれるものか。私を説得などできるはずない。この身は痛みを受け止めるだけのつまらないものだった。その身を、今更どうされようと痛くもかゆくもない。
ただ、見たいだけだ。美しい種族が、途絶えるのを。そうすればこの執着も終わる。
それが無理なら運命に絶望する姿を見せてほしい。愛する人間より自分の命が大事だと、醜い姿を見せてほしい。
私は止まらない。私の思いに、お前が飲みこまれてしまえ。
少しでも同情すれば私がお前を支配する。少しでも私を嫌悪すればお前を抑え込んでやる。
私の、夢だ。紅妖狐の終わりを見るまで邪魔するな。お前みたいな小僧に支配されるわけも説得されるはずもない。逆に奪ってやる。逆に狼を奪ってやる。
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