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十二章 八
この神が何をしたのか蘇芳自身は何も知らない。けれど、蘇芳が見てきたイアフや白狼は違う。
イアフはすべて包み込もうとした。人魚であり絶対的な力を過信して、自分がソヒを救える、助けられる、絶対に死なせるわけはないと。一時ではあるけれど、蘇芳の兄は幸せで、愛されていて、愛情に包まれていた。
白狼も、なにがあっても見捨てないと蘇芳を守った。見返りも求めず、一目会った瞬間の直感から、絶対に蘇芳を裏切ることもせずに傍で守った。愚直に思われても、理不尽な彼の運命に牙をむき戦ってくれていた。
人間になりたいと願った紅妖狐に、欲しいものを与え此方を向いてもらおうとした神。傍に居てほしいと与えた。けれど気持ちではない。力で誇示し、強制した。 厄災から守ってきた神は、人たちから頭を下げられてきたゆえに。紅妖狐からも頭を下げて傍に居てもらえると、おごっていたにすぎない。
愛情は、相手を思う気持ちは、無理やりに頭を下げて手に入れるものではない。
力あるゆえの過ち。それが神と、紅妖狐の運命を、壊して理不尽に振り回してきた。
「白狼から出て行って。僕はもう、貴方の力からはいらない。ただの一匹の狐に戻るから」
きっと突き放されることもなかったのであろう。
白狼の中で、黒く渦巻き暴れる。体中を掻きまわされる激痛の中、白狼は蘇芳の頬に手を伸ばした。
負けるものかと、愛しい人の頬に触れる。二人の触れあった体温は、同じぐらいの熱を持ち、互いを温めた。
「その代わり僕は貴方の幸せを願うよ。このお酒を神である貴方に」
天満酒造の酒を白狼に手渡した。このお酒があれば、白翁の足が再び歩けるようになると思っていたが、白翁は自分ではないと断った。
「貴方の痛みを、俺が知っている。感謝をささげるよ。厄災の神の痛みに感謝をささげるよ」
白狼も抑え込んでいた神にそう告げた。
「――っ」
「白狼!?」
蹲って胸を抑える白狼を、蘇芳が倒れこまないように支える。
その瞬間、白狼の中からキラキラと光る星屑があふれ出てくる。目で追うとそのまま空へ吸い込まれるように消えていった。
「あれが僕の運命を操っていた神さま?」
もっと負の感情が渦巻いている真っ黒の神かと想像していたが白狼の中から出てきた星屑は輝いていた。
心が病むことがあっても、彼がやってくれていたことは全て人間のためだった。
悪い神様なんて思って接していて、態度が悪かったのではないかと胸が痛んだ。
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