139 / 168

十二章 九

「あの神様専用に祠か社を作ってほしいな」  見上げた空の中、消えてしまった神を探す。 「そうですね。蘇芳さん」  微笑む。その笑顔に蘇芳はうっとりと瞼を閉じた。  そうか。白狼は、そんなに柔らかく笑えるようになったのか。  柔らかく優しく、そして幸せそうだ。  人間社会で生きている白狼は、本能的にひれ伏せてしまいそうなほど圧倒的な雄の雰囲気を出し、人間から避けられていた。白狼の父とは違う、不器用さ、ぎこちなさが残っていた。  それを取り払えたのが、自分だとしたらきっと幸せなことだろう。この人の尖っていた部分が丸くなっていったのは、きっとこの人の努力だろうが、それでも嬉しい。  蘇芳は伸ばされた体温に、胸の鼓動を奪われながら幸せの余韻を取り戻す。そして白狼に口づけると、運命を解放した。自由になるために、呪いにも似た運命を手放した。 「勝手にいなくなってごめんね」 「そうだ。だがすぐに追いかけられなかった。俺もすまない」 「今度は絶対に帰ってくるから、信じてくれる?」 「もちろんだ」  白狼が抱きしめる。そして今から自分のために運命に抗い戦う美しい蘇芳の頬を振れる。  覆いかぶさるように唇を重ねると、蘇芳は尻尾を振りながらしがみついて味わうように唇を重ね合った。  それは、魔法のキス。王子様が蛙にキスすると、蛙がお姫様になるように。何度も交わした口づけの中、今日のキスは呪いを解く魔法のキスになった。 「蘇芳さん……」  白狼の腕の中に、金色の美しい紅妖狐が倒れるように眠っている。 蘇芳は、一匹の獣に戻っていた。  そして香りで惑わされていた白狼の耳と尻尾が消え、残ったのは体の中で渦巻く悪しき神一人。白狼は満月を見上げ、大きく雄叫びを上げると、大切に蘇芳を抱きかかえたまま上へと目指した。  

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!