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十三章 一

Side:大和 白狼  頂上に登ると、残り火のような淡い光と、空へと飛んでいく笑い声がした。宴の終焉のようだった。 神々しか登れない黒山で、年に数回の無礼講だ。動物の祖や変化できる力ある動物たちはその宴会で神々と戯れる。 遥か昔、その宴会で蘇芳の祖である紅妖狐もここに来たのかもしれない。 ぞろぞろと動物たちが足元に集まってくると、心配そうに蘇芳の様子を伺っていた。 「お、白狼の耳が消えてる。尻尾は?」  一番心配していたのだろう、暁が言葉通り飛んでくる。そして白狼をじろじろと爪先から頭の上まで見る。そして白狼の腕の中で丸まって眠る蘇芳を見て、一歩退いた。 「お酒を飲みなさい」  スルスルと絹擦れの音と共に、真っ白な神が白狼の持っている酒を指さした。  泉の前で座って手を上げている御老人に、白狼は目を細める。 「自分を解放できない愚かな神の気持ちを酒で清めてあげてください。貴方の心の中に残ってしまったら災いの火種になりましょう」 「……貴方は」  戸惑いつつも、周りに視線を向ける。すると、父親とイアフが談笑している。暁の父は珊瑚を守るように抱きかかえ、暁は少し距離を置きながらも白狼を気遣っている。  あたりの観察を終えた白狼が再び白翁を見ると、微笑みながら頭を下げ白狼を自愛の籠った優しい瞳で見つめた。 「蘇芳を最後まで守ってくださりありがとうございました。蘇芳は貴方のために、ただの狐に戻ったのですね」 「白翁さんですね」  神々しい光に包まれ、酒が湧き出る泉の前で座って微笑んでいる。思わず拝みたくなるような尊い存在に、白狼は跪き頭を下げようとしたが止められた。 「大和家の貴方が私にそんなことをしないで。私は貴方に感謝しかないのだから」  隣をポンポンと叩く白翁に、緊張しつつ隣に座った。 「知っていますか? 狐の嫁入りって晴天の空が泣くのですよ。美しい狐を、人間にとられるのが悔しいわって、あの愚かな神みたいですね」  クスクスと笑うと、お酌に酒を乗せた。月が浮かびあがり、美しい水面になる。 「厄災をつかさどると言うならば、あの神は病気でした。自分で自分の恋に侵されて患って。恋煩いっていうでしょう? 誰にも祓ってもらえない病気に侵されて狂ってしまいました。今は彼の心の平穏を祈るばかりです」  可哀そうにと、白翁は憐れむがすぐに白狼の膝に眠る蘇芳を見た。 「ですが、ここにいる皆、彼の気持ちを理解できる。誰かを好きになると胸が苦しくなる気持ち、彼の行動は褒められませんが、彼の気持ちを批難できるものはいない。愚かで愛しい神よ」  水面の月が揺れる。体中をかき混ぜながら発狂していた神の残り火、すうっと身体から抜けていく。その酒をゆっくり奪い取ると、白翁は身代わるようにすべて飲み干した。

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