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十三章 二

「何も悪くない。ただ、患っていただけだ。だからあの神は謝らない。この酒を造った彼も全て投げうって恋を選んだ。あの神という地位を捨てられなかった。地位を捨てても好いた人を選んでいたらまた運命は変わっていたかもしれないのに」 「白狼、よくやった」  父が肩に手を置き、労わる。それが嬉しかったのか、目を閉じて頷いた。 「これで俺は、蘇芳さんと結婚でる」 「人型になれなくなった獣と?」  暁が茶化すと、白狼は蘇芳を撫でながら微笑む。 「俺は待つ。蘇芳さんなら今度は自分の力で変化できるようになると」 「ふうん?」  暁は首を傾げていたが、父親に頭を叩かれてすごすご引き下がった。 「うちのサンゴはどうなるだろうか」 「……イアフ」  複雑そうな表情だが、悪意は全くない。ただひたすらに、紅妖狐の暗い未来を案じている。 「獣に戻せるなら時期が来たら戻して、そして恋をしたら選ばせてやればいい。人魚の血を引きづくなら、きっと時間は君たちよりあるでしょう」  イアフは手を伸ばし蘇芳に触れた。眠っている蘇芳にし愛情をにじませる人魚だ。彼も愛を表現するには不器用な人だったのかもしれない。 「貴方は、これからどうしますか? 珊瑚は?」 「ここにいる方がいい。時期が来ればまたこの宴に珊瑚も来なければいけないだろう。それに」  イアフは涙を溜めて、そっと目を閉じた。閉じた目から真珠のような美しい涙が流れていく。 「それに愚かな私には、まだ珊瑚を見ると胸が張り裂けてしまいそうで寄り添ってやることができない。白狼、私は君よりも彼を愛している気持ちは強かった。だからこそ、蘇芳を守ってやりたかったんです」  イアフは烏丸の父から珊瑚を奪うと、何度も額や頬に口づけた。 「私はまだソヒを思うと涙が止まらない。泣いて暮らす私より、お前たちの愛情を見て育った方がきっとサンゴは幸せだ」  愛しいから手離すと、彼は告げた。自分勝手な理由だが、イアフの心の傷は誰にも癒せはしないのだろう。 「貴方の心を癒す存在に、珊瑚はなりませんか?」  イアフは大きく首を振ると「サンゴは身代わりにしたくない」と真珠を散りばめながら口付けを続けた。 「まだしばらくすることがあるんです。お願いします」

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