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十三章 三

「蘇芳にも何か最後に伝えたいこととか」 「そうですね。『愛してるよ、私の弟』とだけ」  夜の月を映すような長髪を揺らしながら、イアフは楽しそうに笑う。 「本当にありがとうございました」 「いーえ。蘇芳が獣に戻ったのは、君の愛ですから」  珊瑚を白狼に渡す。二匹の狐は白狼の中にすっぽり入り、軽かった。 軽いのに、この先の運命はきっと誰よりも波乱に満ちて、そしてたくさんの愛に支えられているだろう。 「では」 「イアフ」  月のような慈悲と、そして静かな愛を讃えるその名を呼ぶ。けれど振り返ることはなく、右手を振って静かに山を下りていく。 「じゃ、行くわ」  暁が面倒くさそうに髪を掻きながら、歩き出す。自分もフラフラなくせに、追いかけようと今にも走り出しそうだ。 「どうせあの人、無茶しかしないから俺が監視しとく。結婚式には来るよ」 「そうしてくれ。その時はもっとしっかりしとけよ」  冗談のつもりだったが、白狼は真剣に考えているようだ。苦笑した暁は、そのままイアフの後を追った。 「白狼、もう少ししたら人外も人間の振りをせずに『人外』として働けるような社会にするから、お前たちはそれまでに結婚でもして待っていてくれ。手伝ってもらうが、それはまだ先だ」  豪快に父が笑うので、白狼も笑う。 「それがいい。ようやく蘇芳さんは自分の力だけで運命を切り裂ける。俺も何年でも待つよ。今度は耳も尻尾も出ないように理性が働くいい男に成長しないといけない」 「白狼さんがおじいさんになる前には、戻ってほしいですね。お父様も孫が見たいでしょうし」  暁の父親も冗談を交えてそう伝える。けれど白狼は笑わなかった。 「蘇芳さんなら、俺がしわくちゃのおじいさんになっても、愛してくれるよ」  その発言にはその場に居た全員が顔を見合わせ、盛大な惚気に笑い転げた。  そのまま白狼の父親と暁の父親は、仕事に戻ると山を下りていく。  白翁はしばらく神気をためるために黒山にとどまり、力が安定したら人と人との運命を守れるよう自分ができることを探すという。 「そうでした。私が亀の姿で重体の時に助けてくださった美しい女性。あの方にお礼を伝えたい」 「そうしてください。貴方が病院から消えて一番心配していたので」  ヒナが血相を変えて病院の周りを探していたのを覚えている。彼女にも美しい神になった白翁を見てほしいと心から思えた。 「では俺はヒナに伝言してきますね。それと蘇芳さんと珊瑚くんと三人で一緒に暮らします」  二匹を抱きかかえながら、山を下りる。  祭りの終焉、祭囃子を聞きながら、たゆたう運命をしっかりと抱きかかえる。 (何年も待つ。待とう。春、夏、秋、冬、君を待とう) ふわふわの獣を抱きしめながら、白狼は力強い一歩を踏み出す。

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