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十三章 五

***  夏の日に燃えた日が、ぽとりと落ちる。手から離れた火は、勢いよく地面を焦がす。真っ赤に染まる台地。秋の日は釣瓶落とし。燃え盛った炎によって地面は紅葉に染まる。 「秋高し、だ」  雲一つなく澄み渡り、広々とした空を見上げながらそうつぶやく。 「夜は、二人が抱き着いても汗を掻かなくなった。虫の音が落ち着いた気持ちで聴ける。それに落ちる紅葉は、君たちの赤に似ていて美しい」  冬の毛へと変わりつつあるのか、赤い葉、黄色い葉、その中に金色に輝く紅妖狐の毛が舞う。  今年の中秋の名月は、蘇芳と珊瑚はマリと共にお月見泥棒を体験したらしい。  去年は用意する側を楽しんでいた蘇芳だが、口に咥えた籠の中にお菓子を沢山詰めて帰ってきたときは尻尾を振って喜んでいた。  種族の血を残すこと運命以外は興味を持っていなかった蘇芳が、子ども時代に体験しなかった経験。きっと心に刻まれたのだろう。お菓子は大切に大切に一日一つ、大事そうに食べていた。  獣の姿の蘇芳は、獣の姿を楽しんでいる。もしかして一生このままでいいと思ってしまうほど、満足してしまったのではないか。  たまに心が騒がしくなる。不安がないと言ったらうそになる。けれど、落ち着いて信じるしかない。 *** 「よお、元気?」  庭中の枯葉を集め、焼き芋をしようと白狼が頑張っていた時だった。白狼の母とヒナが、着物を持ってやってきたのだ。 「結婚式の色打掛にっと思って作ってみたんだ」 「結婚式で着た着物なんやって。リメイクっていうんやて」  縁側で広げた着物は、秋の風にゆれ、真っ赤に情熱的に咲く大輪の花が散りばめられている。 「ありがとう。蘇芳さんに似合いそうだ」 「もし今世が無理でも、あんたなら生まれ変わっても蘇芳さんを選ぶでしょ。だから、作ってあげたんだ。さっさと愛の力で戻りな」  蘇芳へ励ましのつもりで言ったのだろうが、庭で聞いてしまっていた蘇芳は尻尾は振らず中へ隠して項垂れていた。  蘇芳はその着物に寄り添うように、その夜は眠った。 一葉落ちて天下の秋を知る、と昔の書物に書いてあった。小さな前触れかもしれない。けれど、魂が共鳴するゆえに、その痛みは伝わってくる。何かの予知に。 「急がなくてもいい。自分の気持ちに向き合っている今、無駄な時間じゃないんだから」  地面に落ちた落ち葉たちが枯れだしても、白狼の気持ちは燃え上がり舞い上がる。風に浚われる紅葉よりも色鮮やかに冷たい風に晒されて寒林が広がっていく。  肌を寄せあえる口実になったと、白狼は笑う。木枯らしに、寒林が揺れる。 「寒さを司る白姫が、白山に現れたらしい。二人とも見に行ってみるか?」  白狼の言葉に、力なく蘇芳が首を振る。優しく穏やかな神で、ため息が漏れてしまうほど美しいらしい。  ヒナは、白翁がその美しい神に懸想しないかと不安になり黒山に上った。二人は時間をかけゆっくり気持ちを通わせ合っているようだ。  時間はいくらでもある。白狼は蘇芳を抱きしめる。 「蘇芳さん。美しい着物を早く貴方に着せたい。白い肌にきっと似合う。俺は、白姫よりもあなたの方がきっと美しいとおもってしまうだろう」  だから、行くのはやめとこう。彼女に失礼だ、と笑う。  寒凪の日だった。紅妖狐は、雪の上に小さく可愛らしい足跡をつけながら、庭を賑やかに染め上げた。 「一陽来復、です。きっととびっきり良いことが貴方に待っている」  足が冷えないように抱きかかえて、頬ずりした。何年かかってもいい。  春、夏、秋、冬、季節は回る。  色鮮やかに輪廻する季節を、蘇芳となら何度でも過ごしていい。  ただし惜しみなく愛は捧げる。そんな白狼の愛に包まれ、寒い冬の日。春が、雪を溶かしていった。

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