152 / 168

十三章 十一

  *** ひらひら舞う蝶が、春の訪れを知らせに蘇芳たちの前に現れた。 春色の山は春霞が立ち込め、その日は花信風が吹いた。晴れ渡る真っ青な空に、柔らかな雨が降る。 「すげえよ。銀山でけっこんしきしてるって」 「大和家のけっこんしきだ」  人外の子どもたちが、ランドセルを家に放り投げると次々に駆け出していく。銀山から黒山のふもとにある神社まで、長い行列が見えると周りには子どもだけではなく大人の人外たちも様子を伺い見ている。  大和家と烏丸家が恭しく長蛇の列を作る中、人力車の上で両手を振る蘇芳に、行列を見ていた人外たちから歓声が上がった。  白無垢は正絹に亀と狐、そしてお狼の姿を錦織で織らせた最高級のもの。真っ白な白百合を頭に飾り、白狼が蘇芳色の番傘を差して寄り添うように微笑んでいる。 「ふふ。すっごく注目されてるねえ」 「父たちの結婚式は人間たちも大勢訪れたらしい」 「ふうん」 「けれど」  元気に手を振る蘇芳の花飾りが風で乱れると、白狼の大きな手が伸び、整える。 「俺たちが一番、世界で一番幸せな結婚式だ」 「もー。白狼大好き」  真っ赤に頬を染め、ばんばんと胸を叩く蘇芳。横で並んで歩いていたヒナに窘められ、再び真面目な顔をして前を向く。が、すぐに顔を綻ばせた。 「狐の嫁入りって本当に雨が降るんだねえ」 「ああ。驚いた。先ほど屋敷を出発した際、虹まで現れるのだから驚いた」 「僕たちの日ごろの行いの良さだね」  鼻息荒く、ドヤ顔で言う蘇芳に、こればかりは白狼も苦笑した。  けれど『花嫁修業』と言い放ち、皿を何枚も割り、甘いような辛いような苦い不思議な食べ物を創造し、尻尾を出すように作られたスーツのズボンに可愛らしい狐のアップリケを縫い付けてくれた。確かに毎日蘇芳は頑張ってくれている。 「白狼さん、うちのバカ息子とイアフさんが黒山の前に到着したようです」 「ああ。暁なら間に合ってくれると思っていた」 「ふうん。ふうん」  蘇芳は拗ねた口調で尻尾をぶんぶん降っている。  この一年、世界中を飛び回り、その先々で蘇芳と珊瑚にプレゼントを贈りつけるものの、手紙も電話も暁だけ。イアフは蘇芳が人型に変化できるようになった知らせも「そうですか」と喜んでいるのか分からない。彼の立場からするときっと複雑な感情に違いない。  神を殺すのも躊躇しないと、彼の思考は振り切っている。だが彼自身が悪いものではないことを皆が知っている。 「そういえば、到着して一番に厄災の神に奉納した酒を蹴飛ばして、佐奇森と黒曜が慌てていたとか」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!