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十三章 十五
***
Side:大和白狼
『蘇芳ちゃんの具合が悪いみたい』
母からの連絡に、仕事を放り投げ電車に飛び乗った。
具合が悪いと気づかずに、朝ご飯の用意をさせてしまった。銀山に来て、一度も体調を崩したことがない蘇芳だ。ここのところ、求められたら全力で応じていたが、やはりあの小さな体に無理強いをさせていたのかもしれない。
「蘇芳さん!」
玄関ではなく縁側から家へ飛び込むと、小さな足音がこちらへ向かってくる。
「白狼、白狼っ」
抱き着こうとした蘇芳が、一瞬下を向いて固まる。
その行動に、白狼も固まった。いつもならば全力で抱き着いてくる蘇芳が躊躇ったことに焦る。
「どこが悪いだ? 怪我か? 腹の調子か? ご飯は食べれたのか、熱は。ああ、寝室へ戻って薬は」
「落ち着いて。白狼、落ち着いてってば」
クスクスと愛らしく蘇芳が笑うとまっ赤になってお腹を撫でた。
そして白狼を見上げる。
ただそれだけで、理由が分かった白狼は持っていたカバンを床に落とした。
「種族も違う。僕は紅妖狐の運命から逃れたはず。それでもこやって再びまた妊娠できた」
本当に運命から逃げられたのだろうか。
再び変化できるようになった蘇芳の体には、神の加護がなくなったはずなのに仮腹があった。
もしも――。
嬉しいと全力で微笑む蘇芳に、白狼も抱きしめ返した。
蘇芳も首に抱き着くと唇を優しく摘ままれる。
「健気に一人で生きようとする美しい狐を一目見た瞬間、尻尾と耳が生えて消えないぐらい、俺は自分の選んだ相手を誇らしく思う」
「……運命が決まっていたのに」
「それも君の代で終わるだろうがな」
いつも以上に強気な白狼の笑顔に思わず、下を向く。
少し考えながら蘇芳の頭を撫でた。
「ありがとう。そしてこれから頑張ろう」
何があるか分からない。だが運命は終わった。蘇芳が懐妊したのは、二人の愛が強かったからだ。
白狼も蘇芳もそれを認識するように、互いを抱きしめる手に力を込めた。
「君は神の戯れで運命を支配された。俺の先祖は自分たちで道を切り開いた。正しい、じゃなくどちらが強く思っていたか、ってことだな」
「僕もそう思ってるよ」
「互いの種族の繁栄を望むだけじゃない。俺たちは愛し合って、心から強く願っただけだ。強さは自分の意思だけ。これから信じていけばいいんだ」
否定もせず、明確に答えない。けれど、どちらが強いのか正しいのか。ソレだけは譲れないと目が輝いていた。
「俺は俺の考えを強く望む。どんな願いより信じるよ」
上を向くのを怖がっている蘇芳の耳を優しくなでながら、その低い声はピアノ線よりも真っすぐだった。
「だから、蘇芳さんも教えて。言霊って大事だよ。きっと現実になるから、ね」
そんなことを言ったって――。そう思いつつも、蘇芳は内緒話のように両手で白狼の耳を包み込む。
その言葉に、白狼は驚き腰を抜かせて、転んだのだった。
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