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十三章 十七
「とってもママって」
思わずクスクス笑うと、手を泡だらけにした白狼がキッチンへ飛んできた。
「蘇芳さん、今、がちゃんがっちゃん聞こえましたが」
「あーっと、お皿洗い。面倒だからこの箱の中にお皿入れて洗剤入れてガチャガチャしてるよ」
「丸々一本、使いましたね」
マリがシンクから飛び出てくるシャボン玉に嬉しそうにとびかかる。 お皿は洗剤の入った水の中、動かすたびに泡が飛び出てくる。
「俺がする。怪我は?」
「ないよ。じゃ覚えるために僕、隣で見てていい?」
寄り添うように隣に立つと、息を飲むのが分かった。
「今度は、エプロンを用意します。服が泡だらけだ」
「本当だ。紅赤色のエプロンってあるかなあ」
「ないなら作ってもらうだけだよ」
否定的なことにも必ず、何か方法を探す。
男は会話の中で、困ったことには共感ではなく結論を出したがるという。典型的な結論型の会話だが、白狼らしくて愛おしい。
懸命に皿を洗う横で、水の中に大きく息を吹き出すと、泡が白狼の全身にかかった。
「蘇芳さん」
「あははっ」
腕で泡を拭う白狼の仕草に見惚れていると、頭上に干してあった布巾を指さされる。
「この水色の布巾で洗ったお皿を拭いてもらっていいか?」
「はーい。ふふふ」
白狼から皿を受け取りながら、思わず顔が綻ぶ。
「どうした?」
「ふふふ。なんか夫婦みたいじゃない? キッチンに並んで、ふふ」
「蘇芳さん」
「いや、夫婦なんだけどさあ」
自分で言って自分で照れて、バシバシと白狼の背中を叩く。思いっきり叩いたつもりが微塵も動かない白狼はまな板のようだった。
「ほら、僕って自分の親の姿形も知らないじゃん? だから本とかテレビとかで見る夫婦を、僕が今やってるの驚いてる。なんか楽しいね」
「――っ」
泡が付いているとか、皿がシンクに叩きつけられるとか、そんな些細なことを振り切るかのように、肩を掴み引き寄せると、白狼は蘇芳にキスをしていた。
「んっ」
揺れている。白狼の、尻尾が揺れている。本人よりも感情豊かな尻尾が、可愛いいとさえ思え。
「いきなりキスするのに、鼻あたらないって、キスが上手だね」
「貴方の可愛さの前に、理性が無事だったことがないと、最近気づいたので」
「なにそれ。ねー、も一回、キス」
背伸びして、泡だらけの白狼の腕を掴む。けれど、キッと目を吊り上げて白狼は首を振る。
「せめてお皿を洗ってから」
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