161 / 168

十四章 一

二回、季節が廻り、去年の春、二人の住むこの家が賑やかになっていた。  縁側で、降り積もる桜を見ながら、蘇芳がクスクスと笑っている。放り込まれた洗濯物の山の上で、小粒の尻尾が二つ揺れていた。 「それでね、白狼がね、その悪い神様を拳一個でやっつけてね、僕を助けてくれたんだよ。それで悪い神様は逃げていきました」 「えー、ぱぱ、つよいね」 「……かみさまをやっつけたらだめだよ」 「蘇芳さん!」  両手に山盛りの洗濯物を抱えた白狼が、縁側に歩いてくる。そして大きくため息を吐いた。  二回目の洗濯物を浴びて、中から這い上がってくる二匹に、蘇芳はお腹を抱える。 「嘘は駄目だ。すまない。悪い神はいないんだ。それにパパは人を叩いたりしない」 「ほらー、ママうそつき」 「……あかね、しんじてたもん」  二匹が抱き着くが白狼は苦にもせず、優しく笑った。 「翡翠、茜、ママにも抱っこしてよ」 「ママ、か」  白狼が代わりに隣に座ると、蘇芳が頬を膨らます。 「いいじゃんか。僕が産んだんだから。ママ、でいいの」 「そうなんだが、くくっ」  押し殺すように笑うと、蘇芳が尻尾を振った。 「ママも抱き着く!」 「あ、ずるい」  流石に蘇芳に抱き着かれると、後ろに倒れこむ。その上に三匹は容赦なく乗りかかった。 蘇芳は屈託なく笑っているが、白狼は二回目の春を迎えるまで気が気ではなかった。 『紅妖狐は子を産むと死ぬ』  そう言われていたので、子を宿したかもしれないと言われて不安が全くなかったわけじゃない。 けれどこうして二匹ともすくすく育っている。ふつうの人間の子より、成長が早いように感じる。 「あ、さんごおにいちゃん」 「がっこうからかえってきた」 「おにいちゃーん」  二匹は、珊瑚とマリが庭から縁側に向かってやってくると、即座に庭に下り立った。 「可愛いよね。翡翠は、白狼にそっくりでキリッとしてそっくりで耳と尻尾は狼だもん。でも性格もおっとりだよね」  蘇芳は、よいしょ、と白狼の膝の上に座ると、庭で走り回る子供たちを見る。 「で、茜。僕の心を癒してくれる綺麗な色。――紅妖狐で初めての女の子だ」  生まれ落ちた瞬間、女の子だと分かり蘇芳が号泣したのを覚えている。触れるのも怖くて、何度もためらってその胸に抱いた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!