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十四章 五
「ご苦労様です。お先に」
目があった警備員に微笑み、一礼する。すると警備員の顔が綻んだ。
「大和さん、大和さん、これ、お嫁さんに」
「え」
出された紙袋には、『黄昏れ』と書かれている。中には、蘇芳に頼まれていた稲荷ずしが入っている。
「この前、お嫁さんがこれ好きって言ってたでしょ? さっき最後の二パックを買い占めてきました」
「……いいのですか? 助かります」
財布を出そうとすると、いいから、いいからと、背中を出口の方へ押される。
「お嫁さんの話をしてくれる大和さんは、第一印象と違って丸くなって、すごい男として尊敬できてるんですよ。貰ってください」
「……すまない、いやありがとう」
お礼を言うとなぜか敬礼されてしまい苦笑いが浮かぶ。けれど警備員の顔には恐怖はない。
眼が鋭利すぎて怖いと避けられ、自覚があるので慣れていたはずだった。けれど、今は蘇芳のおかげで顔に感情が乗るようになったように思う。女性社員や警備員の方から声をかけてくれることが増えた。同時にたまに用もなく、妻の存在をアピールしにやってくる蘇芳の前でほころぶ白狼の顔に、少しづつ皆の、白狼への見方が変わったのも事実だ。
それが嬉しくて、激務でも乗り越えられる。今出てきた建物を見上げ、茜色に染まりつつある空を見た。
「遅いですね」
すると、不満げな声とともに車から、銀色の美しい髪の男が降り立った。
「イアフ」
「歯を食いしばりなさい。私は今、とても怒っています」
サングラスを放ると、運転席から出てきた暁がそれを拾った。
「この獣が。蘇芳がまた子を宿したそうですね! 一度で満足できなかったのですか」
胸ぐらを掴まれ、睨まれる。普段優しそうな、温和そうなイアフの顔が激しく歪んでいる。
「すまない。俺の責任だ」
どんなに阻止しようとも発情した蘇芳に勝てなかった。愛する人に求められ、拒めるはずもなく、肌を寄せ合ってしまった。
「今度も大丈夫だと思っているのだな――思い上がりもいいとこだ。この、野蛮で理性のない、狼!」
いつも澄ましたイアフが、激情で身体を震わせている。
そのまま拳を頬に叩きつけると「痛い」と手を振った。
「……言葉もない」
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