165 / 168

十四章 五

  「ご苦労様です。お先に」  目があった警備員に微笑み、一礼する。すると警備員の顔が綻んだ。 「大和さん、大和さん、これ、お嫁さんに」 「え」 出された紙袋には、『黄昏れ』と書かれている。中には、蘇芳に頼まれていた稲荷ずしが入っている。 「この前、お嫁さんがこれ好きって言ってたでしょ? さっき最後の二パックを買い占めてきました」 「……いいのですか? 助かります」  財布を出そうとすると、いいから、いいからと、背中を出口の方へ押される。 「お嫁さんの話をしてくれる大和さんは、第一印象と違って丸くなって、すごい男として尊敬できてるんですよ。貰ってください」 「……すまない、いやありがとう」  お礼を言うとなぜか敬礼されてしまい苦笑いが浮かぶ。けれど警備員の顔には恐怖はない。 眼が鋭利すぎて怖いと避けられ、自覚があるので慣れていたはずだった。けれど、今は蘇芳のおかげで顔に感情が乗るようになったように思う。女性社員や警備員の方から声をかけてくれることが増えた。同時にたまに用もなく、妻の存在をアピールしにやってくる蘇芳の前でほころぶ白狼の顔に、少しづつ皆の、白狼への見方が変わったのも事実だ。  それが嬉しくて、激務でも乗り越えられる。今出てきた建物を見上げ、茜色に染まりつつある空を見た。 「遅いですね」  すると、不満げな声とともに車から、銀色の美しい髪の男が降り立った。 「イアフ」 「歯を食いしばりなさい。私は今、とても怒っています」 サングラスを放ると、運転席から出てきた暁がそれを拾った。 「この獣が。蘇芳がまた子を宿したそうですね! 一度で満足できなかったのですか」  胸ぐらを掴まれ、睨まれる。普段優しそうな、温和そうなイアフの顔が激しく歪んでいる。 「すまない。俺の責任だ」  どんなに阻止しようとも発情した蘇芳に勝てなかった。愛する人に求められ、拒めるはずもなく、肌を寄せ合ってしまった。 「今度も大丈夫だと思っているのだな――思い上がりもいいとこだ。この、野蛮で理性のない、狼!」  いつも澄ましたイアフが、激情で身体を震わせている。  そのまま拳を頬に叩きつけると「痛い」と手を振った。 「……言葉もない」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!