墨を垂らした黒髪に、黒曜石をはめ込んだ瞳の綺麗な人。 　容姿の整っただけの生徒なら五万といるが、彼の人は洗練された雰囲気で、同年代とは思えぬ冷たさを纏っていた。 「ウッ……あ、有明先輩」 　誰にでも笑顔で突っ込んでいく愛優にしては珍しく苦虫を噛み潰した顔。 「げぇ、風紀委員長じゃん……」 　はた、と瞬いた瞳が眼鏡越しに鋭い切れ長の目とかち合った。 「……あぁ、今度は編入生を連れ回しているのか」 「つ、連れ回してなんか……！」 「委員から無理やり連れて行かれたと話が来ているが」 「そんなことない！　よな！？　おれと氷織は友達だもん！」 　はて、これは我が儘なお坊ちゃんから逃げ出すチャンスなのでは？ 　縋るように腕を掴む手を振り払った。 「俺は君と友達になった覚えなんてないんだけど。授業だって受けたいのに、君のせいで追い出される俺の気持ちがわかる？」 「な、んで」 「なんでって、自分の胸に手を当てて考えてごらんよ」 　ふん、と鼻を鳴らして愛優から一歩離れる。 　後ろで、くすくすと喉を転がして笑う声がした。 「人は見た目で判断できないというが……随分とはっきりした性格なんだな」 「……俺のこと言ってます？」 「君以外に誰がいる？」 　口の端を吊り上げてシニカルに笑む風紀委員長に、背筋が粟立った。何を考えているか分からない真っ黒い目に、感情の波が薄い能面。苦手なタイプだ。 　否、氷織の得意なタイプを探すほうが難しい。 「氷織！　なんでだよ！！　なんでおれじゃなくって先輩のほうにっ」 「神逆愛優。いくらＳクラスで授業免除があるとはいえ、度が過ぎるぞ」 　ぴしゃり、と愛優の言葉を遮った風紀委員長の声は氷のように冷たく研ぎ澄まされていた。 　授業免除とは、ある一定の成績を修めた生徒に贈られる特典のひとつだ。ほかにも食堂利用料が無料だったり、寮の一人部屋を獲得することができる。 　氷織は特別推薦枠の生徒として編入をしており、寮の一人部屋で悠々自適に過ごしていた。 「教室に戻れ。騒ぐなら外へ行け」 「そんな冷たい言い方はないんじゃないんですかぁ？」 「あゆちゃんが悲しんじゃうじゃーん」 　唇を噛み締め、俯いてしまった愛優を守るように抱きしめた双子は、間延びした口調で風紀委員長を詰る。 　涼やかな目元を細め、ワントーン低い声色で双子を睨め付けた。 「どうやら、生徒会としての自覚がないようだ。そも、授業免除とは役員生徒の業務のためにある制度なんだがなぁ。遊び歩くためにあるのではないというのに」 　なんと嘆かわしい、と深く溜め息を吐いた風紀委員長は、どこか役者のようにも見えた。 　深々と、息を吐き出した氷織の手首を掴んでさっさと踵を返した。 「ちょ、おい！？」 「君たちと話していても時間の無駄だ。彼は僕が回収させてもらう」 　背後から双子の喚く声が聞こえるけれど、知らぬ存ぜぬの風紀委員長の横顔はどこか楽しそうだ。