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マイナスから。⑤
数日後。
俺は一ノ瀬に会うべく、大学の事務室に来ていた。
母は気づけば何日か前に実家へ帰っていった。
「すんません、一ノ瀬先生っていますか?」
事務室には人の良さそうな女性がいた。
「あら、一ノ瀬先生に用事?
一ノ瀬といってもここの教員には何人かいるけれど」
「あ、一ノ瀬翔太…さんで」
フルネームで伝えると事務員さんは「あぁ!」と言って「ちょっと待ってね」と奥へ行った。
歳は母と同じくらいだろうか。
母とは違い物腰柔らかな雰囲気を持っている。
少しして事務員さんが戻ってきた。
「翔太くんなら今講義中だけれど、こと後は何もないみたい。 あなた、翔太くんのお友達かしら?」
「え、えぇ、まぁ」
俺が一ノ瀬の友人だと知ると彼女は嬉しそうに
「まぁ! ならこちらに来て、待っているといいわ」
と半ば強引に俺を事務室へ招きいれた。
俺は約束もないしと断るが「いいから、いいから」と聞き入れてはもらえなかった。
おばさんというのは皆こうなのだろうか。
結局講義終了のチャイムが鳴るまで世間話に付き合った。
「呼び出しましょうか」という申し出を丁重に断って、事務室を後にした。
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