10 / 32

マイナスから。⑤

数日後。 俺は一ノ瀬に会うべく、大学の事務室に来ていた。 母は気づけば何日か前に実家へ帰っていった。 「すんません、一ノ瀬先生っていますか?」 事務室には人の良さそうな女性がいた。 「あら、一ノ瀬先生に用事? 一ノ瀬といってもここの教員には何人かいるけれど」 「あ、一ノ瀬翔太…さんで」 フルネームで伝えると事務員さんは「あぁ!」と言って「ちょっと待ってね」と奥へ行った。 歳は母と同じくらいだろうか。 母とは違い物腰柔らかな雰囲気を持っている。 少しして事務員さんが戻ってきた。 「翔太くんなら今講義中だけれど、こと後は何もないみたい。 あなた、翔太くんのお友達かしら?」 「え、えぇ、まぁ」 俺が一ノ瀬の友人だと知ると彼女は嬉しそうに 「まぁ! ならこちらに来て、待っているといいわ」 と半ば強引に俺を事務室へ招きいれた。 俺は約束もないしと断るが「いいから、いいから」と聞き入れてはもらえなかった。 おばさんというのは皆こうなのだろうか。 結局講義終了のチャイムが鳴るまで世間話に付き合った。 「呼び出しましょうか」という申し出を丁重に断って、事務室を後にした。

ともだちにシェアしよう!