13 / 32
マイナスから。⑧
保科という生徒はクラスにもう1人いた。
一ノ瀬が思い出したのは俺ではないほう。
優等生という言葉がぴったりの奴だった。
「うーん、考えたけど思い出せないや、ごめんね」
眉根を下げ、困ったように笑う一ノ瀬。
これは、本当に覚えていない様だ。
仕方ない。
何せ高校を出てから会っていないんだ。
まして、あんな別れ方をしている。
無理もない。
「本当にごめんね!」と手を合わせ謝る一ノ瀬に
「いや、いいんだ。俺こそ急にすまない」
俺はそう言って席を立った。
仕方ない。
俺は俺にそう言い聞かせて大学を去った。
一ノ瀬が何か言った気がするが気にせず歩いた。
それから気づいたら自宅にいた。
どうやって帰ってきたのか、覚えていない。
正直、これは予想していなかった。
「何しに来た」と拒まれることは覚悟していたが
まさか覚えていないとは。
ショックが大きい。
忘れられる、というのは嫌われるより辛い。
親友だと思っていたのは俺だけだったのか。
毎日一緒に過ごしたあの時間は幻だったのか。
女々しくも俺はその日
ぐるぐると考えてしまった。
一ノ瀬、俺はどうしたら
お前に触れることが許されるだろう。
なあ、一ノ瀬
このマイナスからどうやって始めればいい。
ともだちにシェアしよう!