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マイナスから。⑧

保科という生徒はクラスにもう1人いた。 一ノ瀬が思い出したのは俺ではないほう。 優等生という言葉がぴったりの奴だった。 「うーん、考えたけど思い出せないや、ごめんね」 眉根を下げ、困ったように笑う一ノ瀬。 これは、本当に覚えていない様だ。 仕方ない。 何せ高校を出てから会っていないんだ。 まして、あんな別れ方をしている。 無理もない。 「本当にごめんね!」と手を合わせ謝る一ノ瀬に 「いや、いいんだ。俺こそ急にすまない」 俺はそう言って席を立った。 仕方ない。 俺は俺にそう言い聞かせて大学を去った。 一ノ瀬が何か言った気がするが気にせず歩いた。 それから気づいたら自宅にいた。 どうやって帰ってきたのか、覚えていない。 正直、これは予想していなかった。 「何しに来た」と拒まれることは覚悟していたが まさか覚えていないとは。 ショックが大きい。 忘れられる、というのは嫌われるより辛い。 親友だと思っていたのは俺だけだったのか。 毎日一緒に過ごしたあの時間は幻だったのか。 女々しくも俺はその日 ぐるぐると考えてしまった。 一ノ瀬、俺はどうしたら お前に触れることが許されるだろう。 なあ、一ノ瀬 このマイナスからどうやって始めればいい。

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