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初めまして。6
「あ!」
急に声をあげるものだから
思わず肩を跳ねさせた。
「ど、どうした?」
「君! この前来てた人だ! えっと…」
「保科だ」
「そうそう、保科くん!」
どうやらさっきので気づいたらしい。
良かった。
覚えていてくれたようだ。
昔のことは忘れてしまっていても
最近会ったことまで忘れてはいないようだ。
名前は、覚えていなかったようだけど。
この前は一ノ瀬が俺のことを忘れていたことにショックを受け、逃げるように帰ってきてしまったのだから、名前を覚えていなくても仕方ない。
一ノ瀬が何か言っていたことにも背を向けた俺が悪い。
「あの日はごめんね。 同級生だっていうのに思い出せなくて」
一ノ瀬は一変してしょげたような顔で語り出す。
俺はそれを黙って聞いていた。
「あの日、帰ってから家でアルバム探したんだけど無くて、実家に電話したら『知らないわよ、そんなの。アンタの部屋、物で溢れてるもの』って言われちゃって……」
実家に帰ろうにも忙しくてさー
一ノ瀬が頭の隅に追いやった記憶を引き出そうとしてくれたことに嬉しくなる。
忘れてしまったということはそれ程、大切なことではなかったか或いは抹消してしまいたいことかのどちらかだろうに、一ノ瀬はそれを手繰り寄せようとしてくれた。
これが俺ならきっとそのまま放っておくだろう。
一ノ瀬のそういう些細なことにも向き合うところに、俺は昔から惹かれているんだ。
「で、結局帰れてなくて今日に至るんだけど」
「本当はこの前連絡先渡そうとしたんだけど、保科くん、帰っちゃったし」
何か言っていた気がしたのはそれだったのか。
振り返れば良かった。
けれどあの日の俺はそれができる余裕がなかった。
あの場に居たらきっとみっともない泣き顔を晒していたに違いないから。
「そうか、なんだか悪いことしたな」
「いやいや。 だからさ、今日会えて良かったよ」
一ノ瀬は笑った。
「折角さ、同級生と再会できたのに、疎遠になったら寂しいよ。 僕は覚えてないけど」
午後の日差しの所為か、一ノ瀬の笑顔がキラキラと輝いて見える。
「だから、はい。 これ、僕の名刺、裏に個人的連絡先書いてあるから」
差し出される名刺に思わずかしこまってしまう。
「頂戴致します」
「あはは、真面目だなぁ。 じゃあ…」
一ノ瀬は笑って片手を差し出してくる。
「初めまして、一ノ瀬翔太です。よろしく」
「はじめ、まして。 保科壱人です。こちらこそ、よろしく」
俺たちはビジネスパートナーよろしく挨拶を交わした。
数秒目を合わせた後、互いに笑い合い
改めて連絡先を交換した。
失ってしまった関係なら、また一から築き上げればいい。
初めまして、今日からよろしく。
分かれ際に向けられた一ノ瀬の笑顔に
俺はまた、恋をした。
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