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それでも。4

「へぇ、じゃあ保科サンは一ノ瀬センセーと同級なんすねぇ。でもセンセーは保科サンのこと覚えてない、と」 彼の人懐こそうな笑顔の所為なのか、喋らなくてもいいことも話してしまう。 別に隠しておくことでもないのでいいのだが。 「で、保科サンは何でこんなことしてるんですか、俺だったら俺の事覚えてない奴のことなんてどうでもよくなりますけどね」 「まぁ、そうだな」 痛い所を突かれる。 普通なら、そういう対応にもなるだろう。 覚えていない、と言われれば ああ、そうですか、くらいで済むのかもしれない。 俺も一ノ瀬以外の人間相手ならここまで執着しないだろう。 「……大事な友人なんだ。親友と呼べるくらいの奴だった」 彼、黒瀬くんは黙って俺の話を聞いていた。 俺は全てを話した。 病気のこと、一ノ瀬とのこと、自分自身のこと。 この場所に誰も居ないことも手伝って、俺は話した。 静かに、俺の言葉は空気に溶けていった。 黒瀬くんは茶化すこともなくただ黙って、俺の話に耳を傾けていた。 ゆっくりと話したつもりはなかったが、長い時間喋ったような気がする。 実際はほんの10分かそこらだろうが。 「と、まぁそういうわけなんだ。別に大した理由じゃなかっただろ?」 「いやいやいや、大したことあるじゃん! びっくりしたって! 保科さん、病気なの? 死ぬの…?」 「黒瀬くん、声大きいよ」 ごめん、と黒瀬くんは謝りながら辺りを見回す。 おそらく他に人が居ないか確認したのだろう。 「病気のこと、一ノ瀬センセは知ってんの?」 俺は首を降って否定した。 「なんで!」 「知る必要ないだろ、あいつは。言ったろ、大事な友人なんだ」 「だったら!」 「大事だからだよ。大事だから、覚えていない俺のことで余計な心配はさせたくないし、泣かせたくない」 「そんなの……」 黒瀬くんが悲しそうに顔を歪める。 優しい子だ。 知り合ったばかりの俺に、俺の話に心を傷めている。 「俺のエゴだよ。死ぬ前にあいつの笑顔が見たいが為にこんなことをしているんだから」 俺は黒瀬くんの頭をひと撫でし、笑ってみせた。 「……保科さんがそれでいいなら、俺は何も言えないっすよ」 「話を聞いてくれてありがとう」 「っす」 その後は一ノ瀬が来るまで 俺は読書を続け、黒瀬くんは仕事に戻った。

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