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それでも。5
あれから程なくして一ノ瀬がやって来た。
「お待たせー 保科」
「ああ、お疲れ、一ノ瀬」
「ごめん、遅くなった!」
急いで来たのだろう。
息が切れ、白衣が少し乱れている。
「いや、俺がいつも早く来ているだけだ、気にするな」
とりあえず座れ、と促す。
「今日はどうする? 疲れてるようならこのまま帰るか?」
一ノ瀬の見た目はひと目で分かるほど草臥れていた。
目の下には薄らとクマも見える。
「いや、今日は少し付き合ってほしくて。相談したいこともあるし」
疲れているのは一目瞭然なのに、それでも俺と出掛けることを選んでくれる。
その事が嬉しい。
「お前がいいなら、構わんが。とりあえずコーヒーでも飲んでひと息入れろ」
俺は一ノ瀬へメニューを渡す。
ありがとう、と笑う一ノ瀬にどきりとする。
その笑顔が今は俺だけに向けられていると思うと
学生時代を思い出して懐かしくなる。
何かを悩む時、唇を尖らせるのも変わらない癖。
変わらないな。
変わってしまったのは記憶だけ。
他は何一つ変わらない、一ノ瀬。
その事が俺を安心させた。
余りに決まらないで悩んでいる一ノ瀬に
一緒にメニューをのぞいて手伝ってやる。
先程まで俺が飲んでいたものや
俺のおすすめ、黒瀬くんのおすすめ。
そうして悩んでいると
黒瀬くんがやって来た。
「悩んでるなら、これとかどうです?」
カフェモカだろうか、少し甘い香りがする。
また、俺の時と同様にシフォンケーキも一緒に持ってきてくれた。
「わ、いいの?ありがとう!」
一ノ瀬は子供のように目を輝かせ、黒瀬くんを見上げた。
黒瀬くんはにっこりと笑顔で応える。
そして何故か俺の隣に腰を下ろした。
また感想でも聞きたいのだろうか。
まぁ、一ノ瀬は甘いのが好きだし、俺よりは的確な意見を述べられるはずだ。
「……んー!美味しー! 店員さん、美味しいよこれ!」
一ノ瀬は美味しい、美味しいとフォークを止めることなく食べ進める。
小動物のようで可愛らしい。
「どうもっす」
一ノ瀬の様子に頬を緩ませている俺とは違い、黒瀬くんは営業スマイルとでもいうのだろうか、笑顔を貼り付けている。
「?」
どうしたというのだろう。
「……さっき、壱人さんにも聞いたんですけど、これ商品として出せますかね?」
「……んぐ。出せるよ! 」
一ノ瀬は力強く頷く。
………ん? 黒瀬くん、今俺を名前で呼ばなかったか?
「くろ、」「そうですか!良かった!やったッス壱人さん!」
黒瀬くんは俺に笑顔を向ける。
「よ、よかったな……」
「2人とも仲良いんだねー」
「あ、いや、」
「そうなんスよー、毎回俺んところで注文してもらってて、すっかり仲良しッス」
まるで友達とするように肩を寄せられる。
若い奴の距離感が分からん。
こんなものなのだろうか……。
確かに毎回ここで注文してはいるが
きちんと会話をしたのは今日が初めてだろう。
「お二人もお友達、なんスよね?」
「ま、まぁね。高校の、ね?」
一ノ瀬が反応に困ってしまっている。
高校の同級生で間違いないが、最近再会し、一ノ瀬は記憶がない。
それを黒瀬くんは俺との会話で分かっているのに、何故こんなことを。
俺も困った。
黒瀬くんが俺の肩を寄せる力が強い。
俺たちは黒瀬くんが閉店準備で戻るまで少し気まずい
空気を味わった。
その間、黒瀬くんはずっと俺の肩を寄せていた。
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