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それでも。8
俺たちは居酒屋で適当に酒とツマミを注文し、お疲れとお互いの今日という日を労った。
座敷の席で体を寛げる。
ここのところこういう店には来ていなかったから、なんだか懐かしさを感じる。
普段は家でテーブルだが、やはり畳はいいな。
居酒屋の少し喧騒とした雰囲気の中で飲むのも、嫌いじゃない。
「それで、相談ってなんだ?」
ある程度、アルコールも入ったところで一ノ瀬の相談とやらを聞き出す。
そもそも今日は一ノ瀬からの誘いで、これが目的なんだろう。
「あー……、そうだね……」
一ノ瀬はあからさまに気分が落ち込んだようになる。
さっきまでバカみたいな話をしていたというのに、この落差はなんだ。
わざわざ相談を持ち掛けてくる程だ、余程言い難い事なのだろうか。
俺は持っていたグラスを置いて、真面目に聞く態勢をとる。
「あのさ、保科って付き合ってる人、いるの?」
重々しく口を開いたと思えば何のことか。
恋愛相談か。
無駄に構えて損をした気分だ。
酒を飲みながらでないと聞いていられないな。
俺は再びグラスを手に取り、残りをあおると追加で注文した。
「恋人なら今はいないぞ」
好きなやつなら目の前にいるがな。
とは流石に言えず、そのまま答える。
「そうなんだ」
意外だなぁ、と一ノ瀬は驚く。
「保科ならモテそうなのに」
余計なお世話だよ。
俺はお前が好きだからな。
言えやしないけど。
「俺のことはいいだろ。で、一ノ瀬はどうなんだ?」
それが本題なんだろ。
俺は話を前に進めようと一ノ瀬を促す。
「うん。……僕さ、今彼女がいるんだけど、最近上手くいってなくて……」
彼女……。
その単語に嗚呼、やっぱりという感情と
諦める理由が出来たという感情が湧いた。
俺の気持ちは叶うことはない。
だが、少しの期待が無かったわけではない。
けれどはっきりと分かってしまった今、絶望的だろう。
俺は一ノ瀬が幸せならそれでいい。
「結構付き合いも長いし、そろそろ結婚かなって考えていたんだけどね……、このところ忙しいこともあって擦れ違ってばかりなんだ……」
一ノ瀬は彼女のことが本当に好きなんだな。
シュン、という表現がよく似合う顔をしている。
構って貰えない子犬か。
仕方ない。
何が悲しくて好きなやつの恋愛相談など、と思うが
一ノ瀬の為だ、話くらいは聞いてやろう。
俺は、一ノ瀬の親友、だから。
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