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『誕生日*二日前』side大和

 11月のカレンダーを切り離すと、雪の降る街の真ん中で優しい光を放つメリーゴーランドが現れた。 「今年はなんだろう?」  二日後の12月7日——俺の誕生日に、伊織は何を持ってくるだろうか?  平日だろうが休日だろうが関係ない。バイトがあっても、部活があっても、俺の誕生日に伊織は必ずうちにやってくるだろう。そして、少し面倒くさそうに笑って「はい、おめでとう」と言ってプレゼントを差し出してくれるのだ。  机に備え付けられた引き出しの一番上を開けると、カードやキーホルダー、シャーペンや消しゴムなど歴代の誕生日プレゼントたちが小さな音を立てる。一番手前に置かれた真っ白なお守りは、少し色が変わり、表面が毛羽立ち始めていた。 「これ、返しに行かなきゃなんだよなぁ」  目の高さに掲げると、金色の糸で「学業守」の文字が並ぶ——去年の伊織からの誕生日プレゼントだ。 「懐かしいな」  ほんの一年前の出来事が、今はもう遠くに感じてしまう。      *  今年はさすがに来ないのではないかと思っていた。  だから、聞き慣れたチャイムの音に気づいたのに、俺は部屋から出て行かなかった。  それでも、本当はどこかで期待していたのだろう、俺はシャーペンを握りしめたまま耳をすませていた。  母さんがドアを開ける音。  リビングで小さく流れるテレビの音にかき消され、その声は聞こえない。  しばらくしてドアの閉まる音だけが耳にはっきりと届いた。  ……帰った?  母さんが俺を呼ぶ声は聞こえない。  伊織じゃ、ない?  いや、でも今日は——  自分から出て行かなかったくせに、会いに行かなかったくせに、すごく悲しくて寂しくて、張り詰めていた糸が切れた。  真っ白なノートの上にぼたぼたと雫が落ちる。  まっすぐ引かれた罫線がにじんで見えなくなる。  ……もう無理かも。  うまくいかない勉強も、上がらない成績も、変わらない判定結果も、全部全部もう嫌だ。志望校を変えれば、もっと自分のレベルにあったところにすれば、もう少し楽になれるかもしれない。だけど、そうしたら、伊織と離れることになる。この苦しみからは少しだけ解放されるかもしれないけど、でも、違う高校になったら今みたいには過ごせなくなる。それに、何より、こんなところで自分だけが置いていかれるのは嫌だ。 「……」  カバンに突っ込んだまま取り出せずにいる模試の判定結果は、教科書に押しつぶされてしわくちゃになっている。俺の誕生日だからと気合を入れて作ってくれた母さんのご飯もいっぱい残した。帰りに何か話しかけようとしてくれた伊織には「塾だから」と言って逃げるように帰ってきた。何もうまくいかない。自分のことがうまくできないから、周りにも優しくなれない。自分でもこんなの嫌なのに、どうにもできない。 「……っ、……う、うぅ、」  苦しくてたまらないのに、誰かにすがりつきたいのに、それでも声をこらえてしまう。  母さんにバレたくない。泣いているなんて知られたくない。  でも、もう止められない—— 「大和?」  自分の声を抑えるのに必死で、ちっとも気づかなかった。  振り返ると、ドアをノックする音と「大和?開けていい?」と聞く伊織の怒ったような声がした。 「開けるよ?」 「いや、待っ、」  ドアノブが回るのと同時に俺は駆け出す。 「!」  ドアが開けられるのを阻止できなかった俺を見上げ、「いるなら返事くらいしろよな」といつもの変わらない声で笑う伊織に、俺はもうこらえ切れず「う、うわぁぁ、あぁ、……伊織ぃ……」と声をあげて泣きついたのだった。      *  自分で思い出しておきながら、顔の熱が上がる。  恥ずかしすぎる。  恥ずかしすぎるぞ、一年前の自分。 「でも、手放すのはなぁ」  白い紐を指に引っ掛けたまま、椅子に腰掛けた俺は思わず呟く。  目の前のノートには、正解を導き出せないまま止まってしまった数式が書かれている。  集中力が切れて思わずめくり忘れたカレンダーに手を伸ばしてしまったけれど、宿題の途中だったことを思い出す。  手にしていたお守りを再び引き出しに戻し、俺は大きく息を吐き出してから放り投げていたシャーペンを握りしめた。

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